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5
爽やかな朝ではなかった。
というのも、朝一番、祖母に叩き起こされたからである。僕が「どうしたの」と聞く前に祖母はわんわんと泣きながら僕をきつく抱きしめる。あまりの勢いに一瞬呼吸の仕方を忘れる。
散々泣いた祖母は、ようやく理由を語るが感情的で言葉が言葉になっていない。
寝起きの回らない頭でどうにか慰め続けて、ようやく祖母が泣くのをやめた。
赤い目を擦りながらニックが行方不明になったのだと教えてくれるまで相当な時間がかかったと思う。
「何か連絡は受けていない?」
問われるがままに携帯を見れば、ニックからメールが来ていた。
送信時間は夜。丁度僕が女の子と話をしていた頃のようだ。
〈あの女うぜぇ――!!!! 親父にチクりやがった。お前チクッたのかよ!〉
「駄目だったか」
僕の携帯を見た緑目の女の子が溜め息交じりに呟いた。
僕がニックの家に行った時、すでに彼女は部屋の中にいた。理不尽に彼女を責める人たちと「仕方ない」と宥める人たちが彼女を囲い場は混沌と化している。
そんな状況下でも、彼女は相変わらずたいした反応すら見せず立っている。ショック、という訳では無さそうだ。何せ彼女の顔に表情がない。昨日も変わりなくお人形のような無表情と、爛々と輝く緑色の瞳があるだけだ。
暫くの口論の後、家人は埒が明かないと大袈裟に肩をすくめて他の人が集めるリビングへと向かった。家人を落ち着かせる為に誰かが淹れたのだろう紅茶の良い香りが部屋に漂う。
隙を見て僕は女の子に話があると声をかけた。家の中では説明し難いという僕の言葉を素直に聞いてくれて、こうして二人、庭で携帯を見ている。
庭と言っても家の裏、日光で携帯の画面が見難いという事で日陰に身を寄せ合っている。
「やっぱり吸血鬼退治しに行ったのかな?」
「そうかも。森付近に彼の携帯が落ちてたから」
携帯ありがとう、と僕に携帯を返してくれながら彼女はようやくそれらしい回答をしてくれる。携帯を受け取る際に触れた彼女の手はヒンヤリと冷たい。
最初は人形だなんて冗談交じりに思っていたけれど、段々彼女が本当に人間か怪しくなってきた。
「君は森に行くの?」
「連絡するところに連絡してから」
彼女はそう答えるが、とても声が小さかった。僕に言おうとした訳ではなさそうだ。
「危ないよ」
「平気。あなたは自分の事を心配して。目をつけられたら困る」
誰に? と聞こうとした同タイミングで女の子はニックの母親に呼ばれてしまった。呼ばれた、というよりは声をかけるよりも早く彼女は振り返っていたと思う。それがなんだかとても不自然に思えて仕方なかった。
祖父の家へ歩く途中、僕は居心地の悪さに襲われていた。
誰かが僕を見ている、そんな気分だ。振り返ってみても後ろにあるのは相変わらずの田舎道、僕の右隣には森を隔てた白い柵がある。
恐ろしい話を聞いたから、そしてニックが森に行ったことにより怖さに過敏になっているのだろう。それでも、足を止めると、パタ……と1つ遅れて足音がやんだ。
「誰かいるんですか?」
振り返ろうとした瞬間、僕の目の前に星が散る。頭に鈍い痛みが走って、そのまま視界が真っ暗になった。
誰か立っている。そんな気配がなんとなく伝わった。
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