第二章

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 3  どうしてその部屋を開けてしまったのだろう。人間、本当に驚くと声は出なくなるようだ。そこは死体安置所だった。  入り口から見える限り死体は最低でも四つ。二段ベッドにそれぞれ裸の死体が置かれており、どれも冷え切っている。冷え切っているというよりは凍っていると表現した方がいい。  夏場だから腐臭を防ぐ為か、冷房が必要以上に効いている。その二台稼働してある冷房の強さは、この部屋に来たばかりの僕の体温も高速に奪っていった。これで死体を凍らせているのか。  何故凍らせる必要があるのか。それ程まで新鮮な血を吸いたいのだろうか。……そうかもしれない、ここに居るのは吸血鬼だ。  異様な光景に体が、脳が強い拒絶を示した。しゃがんで吐き気を堪える。僕もこうなってしまうのだろうかという、不安と絶望が胸や心臓、そして脳、全身を巡る。  森に来るなという言葉は本当だった。どうして、何故僕がこんな事に……。そう悲観に暮れていると、突然近い場所から扉が閉まる音が聞こえた。  見つかるかもしれない、そんな恐怖に駆られて半ばパニックで通路を走る。  あの部屋はなんなんだ? 何の為に置いてある。どうしてその二つ隣に牢屋があって生きている僕をしまったのだろう。  転げそうになりながら僕は階段を駆け上がる。混乱の中、誰とも会わず一階に出る事が出来たのは、日頃の行いが良かったせいか。  一階に上がりすぐ陰に隠れて、呼吸を整える。怖さに歯の根が合わない。自分を抱きしめるようにしながらしゃがみ泣くまいと堪えるが、それでも急激に視界が歪み頬を伝うのは涙だろう。  泣いている暇なんてない。どうにかニックと一緒にここから逃げなければいけない。シャツで涙を拭い僕は深呼吸する。  死体安置所で聞こえた足音はまだ遠かったかのように思える。ニックは外にいたから彼ではない。一階についた、という事は玄関さえ分かればここから逃げる事は可能だ。  心配性の祖母が僕が居なくなった事により僕以上に混乱しているだろう。早く戻って安心させてあげなければ。  足音を殺しながら、まっすぐ進むと広い部屋の真ん中に少女が立っていた。少女はぼんやりした様子で一枚の肖像画を見ている。  老婆を思わせる白髪は、ボサボサの長髪もあって亡霊に見えた。彼女はずっと逃げ回っていたのか着ている黄色のTシャツもズボンも汚れている。どちらの衣服も大きいせいでその女の子を益々小さく見せていた。  彼女が一心に見つめている肖像画には何やら男性の絵が描かれている。ここの家具はどれも埃まみれ、埃が被っていない物は乱雑な扱いの物が多かった。が、その画だけは綺麗に飾られていた。  少女は僕に気がつくと、人懐こい笑みを見せてこちらに寄ってくる。 「外は危ないのよ。マリアと一緒にいよ?」  場違いの笑顔、場違いの発言。マリア――……この子も犠牲者なのだろうか。  恐怖に逃げ出す事も出来なかった僕はよせばいいのに頷いてしまった。  外は危ない。というのは吸血鬼の事だろうか。服の汚れ、髪の汚れ、不清潔な体臭。この子の捕まっていた時間は長いだろう。  どうして今もなお無事かは分からないが、その代償に心が壊れてしまっているように思える。言葉も言動もたどたどしい。 「僕の他にも人がいるんだ」 「そうなの? マリアは今起きたから分かんなかった」 「ここは危ないよ。君は逃げないの?」 「守ってくれるよ」  マリアは僕の腕を掴む。白い今にも折れてしまいそうな細い腕小さい手。そして彼女は人のいう事を一切聞かず、僕の手を強引に引っ張って走り出した。
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