第六章

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 3 「フラスコを守るための防衛策。記憶と想いから出来上がる幻覚」  何も書かれていない床を撫でながらケイはそう言ったのは、少し経ってからだった。 「あの人はね。私のおじさん。……夏、私たちを助けてくれた白髪のお兄さんを覚えている?」  ケイの突然の問いかけに僕は頷いた。  今年の夏、あの出来事で僕を助ける為に銃を使った眼帯をした白髪の男性。普段は冷たいケイが頼もしいから連れてくるといっていた人……。そういえば、先程の泥で出来た男性を雰囲気が似ているように思えた。 「さっきの泥は、そのお兄さんの親。だから私のおじさん。強盗にあって刺されて死んで放火までされたヒト。私は、あの人の葬儀で焼死体を見た」  それはきっと思い出したくない過去なのだろう。ポツリポツリと呟くケイは今にも潰されてしまいそうだった。 「夜、黒い猫が棺桶の前から動かなくて……。きっと最後の別れを言いたいんだなって思った。別れを告げる為に棺桶には顔を見る為の小さな扉があるの。私はそれを開けた。翌日は火葬だから遺体もまだそのままだった。……昼には、昼見た時には顔の部分に写真があった。それくらい遺体は酷い状態になってたから気を使ってくれたのだと思う。でも、夜にはその写真はなかった。……焼死体を見てから、よく覚えてない。どうして見てしまったんだろう、とか、猫が何をしたかったのか分かれば良かったなんて、責任転嫁をずっとしてた。そうしたら、次第に先の事が見え始めたし猫が何を言っているのかも分かり始めた。皆異常って言ったけど、私は勝手な事をした罰だって思ってた」  ――先の事が視え始めた。  その言葉を聞いて僕は今まで見てきた彼女の食いつくような言動にようやく合点が付いた。僕の言葉を最後まで聞かずに答えられるのも、呼ばれる前に反応出来たのも先を見ていたからだと。そうして、祖母の猫が親しげに彼女の元に来るのも……。 「だから、魔女の組合に入ったの?」  ケイは小さく頷く。  そうして僕に喋ってしまった事を後悔し始めたのだろう。  先程まで恐怖に揺れていた瞳は再びあの殺気だった緑色に戻っていく。目を細めて床を睨み、再び銃を握る手は力を籠めすぎているのだろう色を白に変えていた。 「無関係な話だったわ」  僕の思考を肯定するかのように彼女は言い捨てると立ち上がる。泣いていたのだろう、袖で乱暴に涙を拭くと、魔法陣を消す為に床を二度程踏みつけた。 「消えた魔法陣はフラスコを守る為の罠。この魔法陣を踏んだ者の一番心にある死んだ人をホムンクルスにする。私の場合はおじさんだった。最低の罠」  そうして今度はフラスコを銃で指し示す。 「おそらくここにいるホムンクルス、形は大きいけれど動ける範囲はとても狭い。たぶんこの家が限界。ここから反対方向、同じような魔法陣とフラスコがある。それらを繋ぐ直線のその狭い範囲でホムンクルスは動く事が出来る。ただ、形を維持するにはいろいろ足りないようね。少し動くだけでも泥に代わるようだから。依頼はすぐ終わるわ。あなたもすぐ帰る事が出来る」  あなたはフラスコには近寄らないで。と、ケイは付け加えると大股で部屋を出て行った。
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