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僕の部屋から出たちとせは祖母がいたキッチンに向かって行った。
「ちとせちゃん、晩ご飯食べて行きなさいよ」
「わぁ、おばあちゃんありがとう!…でもね、今日はお母さん、早く帰って来るって云っていたから一緒にご飯食べる約束しているの」
「そうかい、それはよかったねぇ」
「うん、すっごく久しぶりだからご馳走メニューなんだよ」
「おばさん、元気なの?」
祖母とちとせの話につい割って入ってしまった。
「うん、元気だよ。これから繁忙期だからまた大変になるんだけど」
「そっか」
「静江ちゃん、人気のバスガイドさんだもんねぇ、そりゃ引く手あまただよ」
祖母の言う『静江ちゃん』というのはちとせの母親のことで、僕の母とは同級生で幼馴染みという関係だと知ったのは保育園の卒園式の日だった。
その日、海外から帰国していた母がちとせの母とも再会し昔話に花が咲いていたのを覚えている。
僕やちとせの住むこの町は周りを山に囲まれた山間部にある小さな町だった。主に観光業で成り立っている町で、春には桜、秋には紅葉の観光名所があるお蔭でその時期は繁忙期となり、バスガイドであるちとせの母親も忙しくなるという訳だった。
「ちとせちゃん、これ持って行きなさい」
「え、いいの?」
「えぇえぇ、ちとせちゃん婆の作った肉じゃが好きだっていってたろ?静江ちゃんと食べなさい」
「ありがとう!おばあちゃん大好きっ」
祖母にガバッと抱き付いたちとせを見てちょっと祖母が羨ましいなと思ってしまった。
「武流、ちとせちゃんを家まで送って行きなさい」
「勿論。行こう、ちぃ」
「あ、大丈夫だよ。近所なんだから」
「いくら近所でももう暗いんだから。女の子がひとりで歩いてちゃダメだよ」
「…うん、ありがとう、武流くん」
少しはにかんだちとせの顔が可愛い過ぎて今すぐにでも抱きしめたい衝動に駆られた。
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