お前じゃないんだ

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お前じゃないんだ

 全く違う天井のはずなのに、どこかで見たことがある気がする。いつもそうだ。ベッドと人が一人通れるくらいの床、それと高い位置に置かれたテレビ。煙草の臭いが壁に染み付いて、非喫煙者の俺には害でしかない。さらさらとやたらに肌触りの良い布団を胸元まで引き寄せて、頭の後ろの操作盤で間接照明の光を強くした。 「んぅ」  眩しかったのか、俺の腹筋を枕に寝ている裸の女は身をよじらせた。長い間関係を持っていることもあって、そのすべてを知り尽くした肢体だ。色白で、付くべきところに肉がついていて、手足が長い。豊満な胸と釣り目がちの双眸は、野生の獰猛さすら感じさせる。手を伸ばして、張りと柔らかさを両立する尻をなぞった。 「っもう」 「起きてたのか」 「そんな触り方したら起きるわよ」 「悪い」  全く心がこもっていない謝罪だったが、サユは満足そうに俺の腹筋に顔を埋めた。そのまま小さな舌を出して、すううと筋をなぞるように舐めあげた。背筋に、快感とも何とも言い切れない震えがやってきた。 「なんだよ」 「したいのかと思って」  言いながらサユの腰が左右に振れていた。したいのはお前の方だろう。 「しょうがねえな」 「あん」  三流女優のような甘えた声を出して、俺に引き寄せられるままになる。桃のように丸く膨らんだ尻を掴んで、俺の股間をあてがい、奥へ奥へと挿入していく。腰が尻肉に阻まれて、鼠径部にぴったりと女の肉が張り付いた。慣らすために暫しの時間をそのままの結合で過ごす。犬の交尾みたいに、サユの背中へ手をついた。 「んあっ」  俺が抽送を開始すると、サユは長い両手を左右に広げて、シーツを鷲掴んだ。腰と尻を打ち付けるたびに「うあっ」と低い声やら高い声を出して、俺はそのたびに高揚した。乱暴に、それでいて快楽を押し付けるように、俺はサユの中に差し込み続けた。  一定間隔の反復運動から、不規則な緩急をつけたりして、その声色の変化を楽しんでいく。悦楽に溺れる顔の良い女は、いつ見ても見飽きることが無い。もっとも、今はサユの傷一つない白い背中しか見えていないのだが。 「うっ、んあぅ」  声を噛み殺すような喘ぎが聞こえてきて、サユが快感を覚えていると教えてくれた。俺の興奮もさらに高まった。サユの広げた両手を拾い上げて、レバーのようにそれぞれを左右の手で握る。そのまま腕を引き、サユの体を引き寄せて、腰を打ち付ける。腕を引いて腰を前に、腕を引いて腰を前に、腕を引いて腰を前に。 「ああっ」  腕を引かれているからだけではなく、サユの体がどんどん反っていく。そうだ。そのまま気持ちよくなればいい。俺の体も反り始める。サユの中の熱がどんどん高まってきて、中に入った俺の一部は焼けそうになる。いや、焼けそうになるくらい気持ち良い。  お互いの粘液がまじりあって、打ち付けるごとにぴちゃりぴちゃりと愛撫するような音がした。それがまた俺とサユが一体になる力を強める。 「いくぞ」  俺は前傾して、サユの体を抱き込む。両腕も巻き込むようにして、折り重なるように密着する。そして、一気呵成に叩き込む。脳が命令しなくても、腰が勝手にサユの中へ中へと押し込み続ける。体の中の活力が搾り取られていくような、肉欲的吸着と摩擦。思考力が鈍ってくる。腰を前に、前に。ひたすらに何かを埋め合わせるように体が動かされていく。 「サユッ」 「んあああぁんっ」  ひときわ大きな絶叫を挙げたサユと同時に俺も果てた。抱え込んだ姿勢のまま、俺たちはしおれた花みたいにへたり込んだ。絶頂に達した後に待っているのは、冷静への急激な下り坂だ。  俺は結合をほどいて、後ろに倒れるようにして寝転がった。半目でサユを見遣ると、こてんと横に転がり、肺を大きく上下して息を切らしている。あれだけ魅力的に見えた女の体が、打ち捨てられたようにみすぼらしく見えた。情事が終わればいつもこうだ。そしてやはり、こう思う。 「お前じゃないんだ」  聞こえないくらいの小声で言って、一度目を閉じてから、仰向けの姿勢のまま素直に天井を眺めた。全く違う天井のはずなのに、どこかで見たことがある気がする。
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