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あれから20年経つ。
私は浪人も留年もせずに、地方のFラン大学を卒業して公務員となった。29歳の時に、大学を2年浪人したものの1年留年したという、自分の先輩なのか後輩なのかよく分からない川上球磨子という女性と結婚し、娘と息子をもうけた。
そんなある日、同窓会のお知らせが自分宛てに届いた。
「なあ、球磨子さん、一カ月後に自分の出身高校の同窓会がある。その日に父の面倒を見てくれませんか?」
その同窓会のある日は、認知症の症状の出はじめた父の通っているデイケアの休みの日でもあるので、私は妻の球磨子さんに父の面倒を見てくれるように頼む。
「ええ、私も普段はヒマだから、たまには人の役に立つことをしないとね」
自称「家事手伝い」で普段はゲーム三昧、たまに電車で1時間以内に行ける範囲内の場所を訪れた感想をブログに書いてアフィリエイト広告料を貰って収入の足しにしている、正に「自由人」そのものの妻が快諾してくれた。
「ありがとう」
私は妻に感謝をして、一カ月後を待つ。
一カ月後。
会場の「丸々会館」にて私は20年振りに、かつてのクラスメイトたちと再会した。
「門畑、久しぶりだな!」
「ああ、向田も相変わらず元気そうで」
「おお、米村、20年振りだな!」
「向田、20年って、長いようで短いモンだな」
「早乙女さん、お久しぶりです」
「あら、貴方は...えーと...」
「あの時フラれた向田ですよ。ホント、自分でも何であんな話なんかしてしまったのか...」
「まあ、これも青春の1ページってことで...」
私たちがそんな会話をしている最中、筒見が会場に入ってきた。
その筒見の風貌は、他のクラスメイトたちのようにスーツ姿ではなく、ユニクロかしまむらで揃えたようなポロシャツにジーンズという服装、そしてボサボサ頭に無精ひげという「格差社会の負け組」であることが一目で判る姿だった。
「あ...筒見...お前も来てくれたのか...」
私はちょっと近寄り難かったが、筒見に声をかけた。
「お久しぶりです。向田さん」
「お前、今何を...」
「まあその前に、高校の頃に何故、貴方が執拗なまでに僕をバカにしていたのか、その話でもしましょう」
「......」
「貴方が何故、執拗に包茎である僕をいびっていたか、自分なりに考えてみました。貴方はおそらく赤ちゃんの時期に、自分の意志とは無関係に勝手にちんちんにメスを入れられ、それ故に幼稚園――もしくは保育園――で、そして小学校で、『かめさんちんちん』などと囃されて、さんざん苛められていたのでしょう。そして苛められる度に『クッソ!おまえらパパのちんちんをみたことねーのかよ!?こうこうにはいったらむけてないヤツをてっていてきにいびりまくってやるぞ~!』などと考えていたのでしょう」
私は思い当たった。確かに、もう名前も思い出せないが、幼稚園時代に私の剥けているちんちんを「かめさんちんちん」などと言って囃し立て、バカにしていたヤツがいた。
「貴方が高校時代、僕のちんちんを見ては『ホーケーホーケードリチンドリチン、ホーケーホーケードリチンドリチン』などと、それこそ剥けていない幼稚園児のように大はしゃぎをしていたのは、その時のトラウマ故でしょう」
「......」
「貴方が当時、早乙女さんからフラれたのは、おそらく『筒見って、実はスゲエ包茎だったんだぜ』などとデリカシーの欠片もないことを喋ってしまったからでしょう。それ故に貴方は早乙女さんからフラれ、そしてそれで『筒見が包茎だったから俺はフラれたんだ!』と身勝手な言いがかり・難癖を僕に着けて『包茎パンチ』だの『包茎キック』だのと暴力を振るったことを、僕は今でも覚えています」
「......」
「学校の成績も芳しくなかった貴方にとり、『ちんちんが剥けている』ということこそが、自分の誇れる唯一の事柄・唯一の心の拠り所だったのかもしれません。いわゆる『ネット右翼』は、『日本人』ということ以外誇れるものが何もない、そして『日本人は正義・外国人は悪』という単純な善悪二元論の持主が多いと聞きます。幼稚園児・保育園児・小学生男子にとっての『正義』は『ちんちんに皮が被っていること』ですが、逆に高校生男子にとっての『正義』とは『ちんちんが剥けていること』です。しかし、『日本人か否か』『剥けているか否か』という属性で人を差別することなどナンセンスということは、貴方も大学のサークルか何かで学んだはずです」
そう言えば、私は大学時代に映画研究会に所属していた。そこには、仮性包茎のヤツもいれば真正包茎のヤツ、カントン包茎のヤツもいた。しかし、だからと言って私は彼らをバカにすることはなく、一緒にバカ話をしたり酒を酌み交わしたりしていた。
「僕は地元ではそこそこ有名な大学に進学したものの、高校時代に貴方からさんざん自身の包茎をバカにされて来たが故に、部活やサークル活動の類を一切しませんでした。不況の続く今現在、何らかのサークル活動をしておけば、就職の際に有利にはたらきます。ところが自分は包茎がバレて嗤い者・晒しものにされることの恐怖故に、サークルにも入れず、勢い就職活動にも失敗し、今現在ニートとバイトを往復する日々を送っています。貴方は高校の頃の成績は芳しくはなかったものの、幸福な人生を送っているようですが、自分は成績が良かったものの、負け組人生を送っています。もし親が死んだら、僕はホームレスか生活保護のいずれかを選択することになるでしょう。しかし、それこそが貴方にとり、幼い頃に剥けていたがために貴方を苛めてきた連中に対する最大の復讐だったのかもしれませんね」
「......」
私は言葉を失った。確かに、筒見の言う通りかもしれない。剥けていたが故に、幼い頃に剥けていないヤツから苛められていた私は、剥けていない人間の人生を台無しにするために彼を苛めていたのだろう。
私は暫く押し黙った後に、叫んだ。
「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!筒見!済まない!お前の人生を台無しにした責任は、自分にある!剥けていることを絶対的な正義と勘違いした俺の所為で、お前がどれだけ苦しんできたか、今ならよく分かる!筒見!本当に済まないことをした!赦してくれ!!」
私は周囲の目を憚ることなく、筒見の前で土下座し、泣きながらひたすら謝り続けた。
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