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メフィストは結局勢いが付いてしまっていて、最後の一発をエメドラちゃんの頭にお見舞いした。その結果、エメドラちゃんのたんこぶの上にはそれよりも小さいたんこぶが一つ出来てしまった。それなのにメフィストはまるで悪びれた風も無く、さっさと契約の準備を始めた。
「はいはい、ではこの書類にハンコを押して、あ、拇印で結構ですから、それとそちらのブラカスさんは後見人と言うことでお願いしますよ。あ、はいそれで結構です」
メフィストは僕の親指で勝手に拇印を押して、それからサインした書類をクルクルと巻物状にした。そしていきなりそれを口を大きく開けて飲み込んでしまった。
「ウーン、セボーン。たいへん美味しゅうございましたよ」
そう言って、噛みもしなかったのに爪楊枝を取り出してありもしない歯をシーシーさせている。
「もういいのか? これで契約は成立したのか」
僕は確認した。
「ええ結構です、あとは私にお任せください。では始めましょう」
そう言うとメフィストは、手に持ったステッキを一回転させた。僕がステッキの動きに目を奪われている間に、さっきまでそこに無かったはずの大きな黒い鞄がメフィストの足下、床の上に手品のように現れていた。
メフィストは鞄を開けて鞄の中をゴソゴソさせた。そして中から聴診器の耳側のような形の物を取りだした。聴診器はものすごい長さがあって、引っ張り出しても反対側が中々出てこなかった。
「これをまずは、そこのレディーの頭に取り付けます」
メフィストはジャンプしてエメドラちゃんの方に飛び乗ると、聴診器の先をその耳に差し込んだ。
「う、ふうん・・・・・・」
耳に異物を入れられて思わずウットリとエメドラちゃんがうめいた。それが妙にセクシーで、僕はメフィストのエメドラちゃんに対する無遠慮な態度にとても腹が立った。
「では反対側はあなたがダイベンガーに直接取り付けてくださいね」
そう言ってメフィストは、まだ先端が鞄の中に隠れているヒモを僕の手に押し込んだ。僕は鞄の中身を取り出そうと、ヒモを引っ張った。しかしヒモの先端は、引っ張っても引っ張っても外に出てこない。
ニュルニュルニュル
「おいメフィスト、これどれだけ長いんだよ。ぜんぜん、先が出てこないじゃ無いか」
「もっとです、もっと思いっきり引っ張ってください!」
「モットって言われても、後どれだけ・・・・・・」
すでに鞄の中から出てきたヒモが、狭いダイベンガーの中を縦横無尽にあちこち散乱している。これではいつこんがらがっても不思議では無い。後ろでセッセとブラカスちゃんが、引っ張り出したヒモを束ねようと腕にクルクル巻き付けている。
「もうちょっと、もうちょっとですよ~」
「もうちょと、もうちょっとって、えええええ」
突然、手の中のヒモがビクンと波打った。
「おいメフィスト、これ動いたぞ!」
「そうでしょう、そうでしょう」
そう答えたメフィストの声は、ブラカスちゃんの後ろ側から聞こえた。そのうちに、ヒモのビクンという胎動は、さっきよりも強くなってもう手の中でビクビクとのたうち始めた。
「ヒイイイ何だこれ、まるで生きてるみたいだ」
ブラカスちゃんが悲鳴を上げて、集めていたヒモを手から離して僕の前に放り投げた。丸まったヒモが目の前で解けていく。そして地面に落ちて脈打ちだした。
「おいメフィスト!」
「もうちょっと、もうちょっと引っ張るんですー」
僕はもうヤケクソになって思いっきりヒモを引っ張った。
「キシャアアアアア」
ビシュッ
僕の頬を、訳の分らない物体が猛スピードでかすめて行った。
「ひぇええ」
ブラカスちゃんの悲鳴がした。
「ブラカスちゃん、大丈夫?」
「う、うん平気だ」
「メフィスト何だったんだ、今のは?」
「成功ですぞ。ダイベンガーの壁の中に、無事挿入されましたぞ」
一番後ろから、メフィストの声がした。
僕の頬をかすめたヒモはピーンと張ったままの状態で、すぐ目の前にある。それが、よく見ると後ろの方の壁に向かってズルズルと前進しているのが分った。振り向くとそれは、ダイベンガーのコックピットの壁を真っ直ぐに貫いていた。
「これからこの魔界寄生虫が、ダイベンガーの血管を通って魂までたどり着くのです。そうすれば、ようやくそこのレディーとダイベンガーの魂がシンクロを始めるのです」
「え、寄生虫だって? このヒモは魔界の寄生虫だったのか!」
僕はヒモを耳に突っ込まれているエメドラちゃんを見た。エメドラちゃんは、頭を左右に振って、ときおりビクリと動いている。
「メフィスト! おまえやっぱり騙したな」
僕は後ろにいるはずのメフィストに向かって叫んだ。しかしメフィストは、僕の荒げた声に構わずに事も無げに答えた。
「だからレディーには何の心配もいらないと言っているでしょう。寄生しているのはあくまでも、頭が向かったダイベンガーの魂の方でレディーの方に着いているのはこの魔界寄生虫のお尻です。ダイベンガーの魂を受診するだけですから何の心配もいりませんよ。それよりももうすぐです。もうすぐ、ダイベンガーの魂とシンクロが始る・・・・・・」
メフィストが言い終わるよりも早く、エメドラちゃんの方が先に反応した。
「うう、うぬぬぬぬう」
エメドラちゃんがうめき声を上げた。その声は、普段のエメドラちゃんとはまるで別人のような低い声だ。
「エメドラちゃん、エメドラちゃん気がついたのか?」
僕は低いうめき声を発するエメドラちゃんに話しかけた。
「ぬうううん」
しかしエメドラちゃんは僕の声に答えない。
「無駄ですぞ、今の彼女の魂はダイベンガーの魂の媒介として繋がっているだけ、意識は封じられているのです。しかしダイベンガーとのリンクは無事成功したようですな」
メフィストが説明した。
「じゃあメフィストがさっき言ったみたいにエメドラちゃんの体を操れば、ダイベンガーの体を動かせるって事か。便器ちゃん、ちょっとやってみなよ」
ブラカスちゃんが前に身を乗り出して言った。
「やってみてと言われても・・・・・・」
僕は膝の上に座ったエメドラちゃんの体を見た。取りあえず膝の上に組んである手を取ってみようか。
僕がエメドラちゃんに触れようと手を伸ばすと、もう一度エメドラちゃんがうめき声を上げた。
「ぬうううん、ううう、ブ、ブラジャー」
『?』
エメドラちゃんの口から、およそその場にそぐわないセリフが聞こえた。
「え、何? エメドラちゃんブラジャーって言ったの」
僕は聞き間違いだと思って、後ろの二人に確認した。
「うん、確かにブラジャーって聞こえたよ」
ブラカスちゃんが答えた。
「ほほう、私にもブラジャーと聞こえましたな」
メフィストも言った。
「おい便器ちゃん、ブラジャーって何だい」
ブラカスちゃんが質問した。
「え、ブラジャーは、ブラジャーっていうのは乳バンドに決まってるじゃないか。ブラカスちゃんは知らないの? ブラカスちゃんが知らないななら、もしかしてガンバリパークには今までにブラジャーは存在しなかったって事なのかな?」
「乳バント・・・・・・」
ブラカスちゃんは自分の胸を見つめながら呟いた。そしてその形の良いお椀型の胸をフニフニと自分で触りながら、「乳を吊るゴムのような物か、それはもしかしたら便利かも知れないな・・・・・・」と呟いた。僕はブラカスちゃんのその無防備な姿に、遙か桃源郷の原初の森で戯れる、アダムとイブの無垢な姿を思い描いていた。
「ほほう、これは面白い。それじゃあ便器さんはガンバリパークの外の、まるで別の世界からやって来たような言い草ですな。そしてブラジャーの事も知っていると・・・・・・」
メフィストが言った。
メフィストの言葉に、桃源郷を彷徨っていた僕の頭はハッとした。
そうなのか? 僕は今までの記憶を失っているけれど、そもそもこの世界の住人でさえ無かったと言うのか・・・・・・。そんな自分の正体に迫る重要な思考が頭の中を占領してしまう前に、エメドラちゃんの口が新たな単語を発した。
「ううううう、ううう、パッパンティー」
「パンティー!」
僕の心はまたしても桃源郷に引きずり戻されてしまった。振り返ってブラカスちゃんの顔を見る。
「ブラカスちゃん、ブラカスちゃんはちゃんとパンティーを履いているの? それともこの世界にはブラジャーと同じように、パ、パンティーも存在しないのかな? もしかしてブラカスちゃんは今、いや今までずっと、ノーパンで、ノーパンティーで過ごしていたっていうのか」
次々と僕の心には新たな疑問が次々と湧き上がり、僕はブラカスちゃんに質問をまくし立てた。
バチンッ
「バカ、パンティーくらい履いてるよ!」
という音がして、僕は今日、何度目かのブラカスちゃんのビンタを食らった。きっと僕らが更に打ち解けた証拠だと思いたい。でも、これでブラカスちゃんがパンティーを履いていることが分った。ガンバリパークに無いのは、どうやらブラジャーだけだったようだ・・・・・・。
*
ブラカスちゃんのビンタの痛みがようやく引いて頭を冷やした僕は、心機一転して現実の問題と冷静に向き合うことにした。
「うーん、でも何でエメドラちゃんはパンティーやブラジャーのような、女性用下着の事を呟くんだろう。しかもブラジャーはこの世界に存在しないアイテムなのに・・・・・・」
僕の疑問にメフィストが答えた。
「ふむ、これはダイベンガーの魂と繋がった影響に違いありませんな。ダイベンガーの魂は説明の通り、さる魔界の高貴なる乙女の水浴びを目撃したために、その感動を永続させるために時を止めたとご説明しました。その時、目に映っていた物がダイベンガーの魂に刻み込まれていたために、シンクロしたエメドラさんの口からつぶやきが漏れているのです」
「なるほど、そうだったのか」
僕は納得した。ダイベンガーって、すごくスケベな奴だったに違いない。僕にはまだそう言うのは分らないけれど、少しだけ気持ちが分るような気もした。
「なあ、そんなことよりもオレたちはダイベンガーを動かすんじゃ無いのか? エメドラちゃんの魂が無事、そのダイベンガーというのとシンクロしたんなら、早く動かしてみようよ」
ブラカスちゃんが前に乗り出してきて言った。僕の目の前に、普段は目立たないブラカスちゃんのバストが、重力によって服の上から強調されてぶら下がっているのが目に入った。ノーブラだと知ってしまってから、つい意識せずにいられない。
「そうだった、おいメフィストこれからどうするんだっけ?」
僕は平静を装いながら、メフィストに聞いた。
「そうですな。まずは目を開けてみましょう」
メフィストはそう言うと、死角になっていた後ろ側からピョンとジャンプして、エメドラちゃんの頭の上に飛び乗った。そして僕にカエルの尻を向けながらエメドラちゃんの頭の上で何やらモゾモゾしている。
「これでいいでしょう」
メフィストが言い終わる前に、目の前にダイベンガーの壁が水平に割れ始めた。隙間から青い空と黄色い砂漠の光景が広がっていく。
「あ、入り口が開いたんだな」
ブラカスちゃんが言った。
「いいえ、これはダイベンガーが目を開けたのです。私たちはダイベンガーのコントロールルームにいるので、ダイベンガーの目から見ている景色が目で見るように見えるのです」
メフィストが説明をした。
「そうか、つまりダイベンガーののぞき窓から外を見ているっていう事か。じゃあとりあえず安全なんだな。すぐ近くにビッグマウス・サンドワームの群が沢山見えるんだけど・・・・・・」
ブラカスちゃんの言うように、ダイベンガーの視界の隅にはビッグマウス・サンドワームのヒモのような体があちこちの地面から生えているのが見えた。
「あいつら、まだ僕たちの事を狙っているだね。でももう僕たちの身は安全だから、ゴールドベル・スケープゴートがこれ以上僕たちのために犠牲になることは無いね」
僕は鮮血の竜巻となって消えたゴールドベル・スケープゴートの群の姿を思い出して、その死を悼んで黙祷した。
「便器ちゃん感傷にふけるのはいいけれど、まだオレたちは完全に安全って訳じゃ無いんだ。このままこの中にいたらいつか餓死することだって有るかもしれない。とっととダイベンガーを動かして、この砂漠地帯を脱出しようぜ」
ブラカスちゃんの声に、エメドラちゃんの頭の上、目の前にいるメフィストも何故だかウンウンとうなずいている。
「じゃあメフィスト、次はどうするんだ?」
僕は聞いた。
「彼女の手足を動かします。そうすればダイベンガーも一緒になって動きますよ」
「そうか、それじゃあ取りあえず腕から・・・・・・」
今の僕は狭いダイベンガーのコックピットの中でほとんど身動きが出来ない。この体を動かして届きそうなエメドラちゃんの体の部位はせいぜい腕くらいの物だったから、当然そこに手を伸ばそうとした。
「ううう、エッチな、エッチな水着・・・・・・」
エメドラちゃんが呟いた。
「あ、エメドラチャンちょっと動かないで」
エメドラちゃんは手を動かして僕の伸ばした手を振り払った。そして少し前屈みの態勢になってお尻を突き出した。エメドラちゃんのヒップが顔のすぐ近くにある。
「エッエメドラちゃん、エメドラちゃんもちゃんとパンツ履いていたんだね」
僕は半ばホッとしながら、それでいて少し残念な気持ちで言った。
バチンッ
「馬鹿なこと言ってないで、早くエメドラちゃんの手を取れよ」
ブラカスちゃんが言った。
何度もバチバチ叩かれて、さすがに少しムッとしながらもう一度手を伸ばす。
「エッチな水着、エッチな水着!」
エメドラちゃんの体の動きがドンドン激しくなってお尻を上下に揺する。発する声も次第に明瞭になってハッキリしてきた。
「エメドラちゃん、そんなに、激しく動いちゃ、ダメ、だ」
しかしエメドラちゃんは動きを止めない。僕の膝の上で飛び跳ねながら、突き上げられたお尻は僕の顔の真ん前にあった。エメドラちゃんはお尻を僕の顔面に押しつけ、激しく圧迫してきた。
「ふご、ふごふご」
「あ、こら何してるだこの変態!」
「ふごふご、でも、エメドラちゃんが勝手に」
「しょうがありませんな、ひとまず便器さんは下半身を担当してください。ブラカスさんは私と一緒に、暴れるエメドラさんの腕を押さえつけるのです」
「分った」
メフィストとブラカスちゃんの話を聞いて、僕はすぐ目の前にあるエメドラちゃんの足を掴んだ。お尻は相変わらず僕の顔面を圧迫し続けている。
「よし、掴んだぞ」
「むうう、こっちも、何とか成功ですぞ~」
ブラカスちゃんはともかく、メフィストがどうやってエメドラちゃんの腕を押さえているのかは分らない。でも、ひとまず動き回るエメドラちゃんの体は静かになった。
「うぶぶ、これじゃあ前がぜんぜん見えないよ。誰か指示してくれ~」
「オレが指示をだす、ちょうどのぞき窓が真正面にあるからな」
ブラカスちゃんが言った。。
「私もそれがいいと思います。私は手を押さえるだけで限界ですから」
メフィストも同意する。
「よし、それじゃあ配置は決まったな。行くぞ、ダイベンガー発信だ!」
頭の上でブラカスちゃんの元気な声が響いた。
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