2 acacia(アカシア)

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 新潟に戻って占いの仕事をする。  文目の突然の決断を聞いた文目の父親は、さすがに驚いた様子だった。  しばらくの間、父親はただただ驚いた表情をして娘のことを見ていたが、やがて「お前がやりたいのであれば、やってみれば良い」と言ってくれた。  文目には父親の寛大さが嬉しかったが、父親が「やりたいのであれば、やってみれば良い」とどういう気持ちで言ってるのかもわかったので複雑な気持ちだった。  父親は決して安易な気持ちやいい加減な気持ちで「やってみれば良い」と言っているのではない。  本心は柊が「そんなにすぐに決めなくても良いんだよ」という気持ちと一緒なのだろう。  そして、例え自分の子どもの希望とは言えども、一人娘と離れ離れになりたくない気持ちなのだろう。  でも、敢えて娘の意志を尊重してくれたのだ。  もしかすると、父親なりの今までの罪滅ぼしなのだろうか、と文目は思った。  引っ越しの準備にはそれほど時間はかからなかった。文目は普段はつい持ち歩く荷物が多くなってしまうタイプだったが、新規一転して新潟でやり直すような気持ちだったので、持っていく荷物は最小限にしたのだ。  高崎での15年間はいろいろとあった。良いこともあったことにはあったが、文目にとっては操られているような、自分の人生ではなく他人の人生を生きているような15年間だった。  そんな他人の人生を生きるような生活も、今変えようとしているところだ。新潟へ行って少しずつ変えて行く予定だった。  高崎で過ごす最後の日、父親は文目に腕時計をプレゼントしてくれた。  大人っぽくて上品だけど、存在感のあるゴールドのバングルの腕時計。文字盤の7時の部分にはさりげなく小さなダイヤモンドが入っている。  文目はすぐにその腕時計が好きになった。  15年間過ごした自分の部屋を出る時、文目はずっと使っていた腕時計を、この間亡くなった母親が昔くれた腕時計を勉強机の上に置いた。  そして、昨日もらった父親の腕時計をつけると、後ろを振り返ることなく真っすぐと部屋を出て行った。  高崎から新潟までの新幹線の道のりは、トンネルばかりで暗闇が多い。  やがて、終点の新潟駅に到着すると、文目はまた「ポーン、ポーン」という盲導鈴(もうどうれい)の音がする新潟駅のホームに降り立った。  この間、新潟に久しぶりに来た時よりも、文目の荷物は少なかった。  大概の荷物は既に新しい職場である柊の家へと送ってあった。  この間来たときは結局「幽霊」を見つけることはできなかったが、これから柊の元で働きながらゆっくりと「幽霊」を探せば良い。  文目は心の中で自分に言い聞かせるように呟くと、新潟駅のホームを歩き始めた。
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