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「そう。でも、柊は自分では『ショックだった』と言うことは、そんなには自覚してないんだよな」
「えっ? それって、どういう意味ですか?」
ショックなのに「ショックだった」ということをそんなに自覚していないとは、どういう意味なのだろうか。
楠の言葉に文目が戸惑っていると、楠はまた形の良い唇の端を少しだけ上げた。
「その答えは、お前だったらもう薄々気づいてると思うけどな」
楠は座っていた書斎のイスから立ち上がると、本棚のステレオのスイッチを切った。
部屋の中が静寂に包まれる。
「――」
文目はただ楠がイスから立ち上がってスイッチを切るのを黙って見ていた。
いきなり部屋の中が静かになったせいなのか、耳の奥に痛いような違和感を覚える。
「柊は俺とかお前とは違うんだよ。本当にあいつは良いヤツだよ、本当に……。でも、俺もお前もあいつみたいにはなれないってことだよ」
「それは私も思います」
文目は心の中で頷きながら言った。
確かに自分は柊のようにはなれない。楠の言う通りだと文目は思う。
柊の周りにいつもある、あの穏やかで優しい空気。
文目も他人から「優しい」「物静か」「真面目」と小さい頃から言われ続けているが、柊のあの春の日差しのような、初めて銀葉館を訪れた時に満開だったミモザの花の黄色のような、全てを優しく包み込んでしまうあの穏やかさには到底かなわない。
楠も何だかんだ言って優しい男だが、柊のあの穏やかな優しさとはタイプが全く違う。
「そう、それで良いんだよ。間違っても、『柊みたいになりたい』と思ってなろうとするなよ」
「でも、柊さんのあの穏やかな性格って、ものすごく憧れます。いつ会っても穏やかな笑顔を浮かべているし、誰に対しても平等だし、私だったら『ちょっと……』と思ってしまうようなことをされた相手にも、優しいんですよ」
文目は前に自分に対してキツい態度をぶつけて来たえりという女性を思い出した。
あのえりという女性、さすがに文目にももう何も言わなくなったが、いまだにこの「銀葉館」に四柱推命を習いには来ている。
楠は「まったく、ああいうヤツはさっさと追い出せばいいのに」と文目にも聞こえるような声で呟いていたが、柊はあのえりという女性に対しても優しく穏やかに接していた。
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