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もう少しで藤子の上司の結婚式だ。
文目は銀葉館のサンルームに置かれているサイドテーブルの上のカレンダーを見ながら思った。
今日は藤子が四柱推命の講座に来る土曜日。今までの藤子へのタロットの説明もスピーチの進み具合も良好だった。
スピーチに関してはほぼ出来上がっていて、前回終わる時に文目は藤子から「蓮見さんのおかげでここまでできました、ありがとうございました」と笑顔で礼を言われた。
文目は藤子の笑顔を見て、やっぱり楠にアドバイスされた通り、藤子にもう一歩踏み込んで訊いてみて良かったな、と思った。
後は本番の結婚式を待つだけだ。
多分、藤子はスピーチをする時に緊張してしまうだろうし、好きだった上司の結婚式と言うことで色々な感情がこみ上げて来て、笑顔だけ浮かべていられるような状態ではいられないだろう。
でも、自分にお礼を言った時の藤子の笑顔を見て、文目はきっと藤子ならちゃんとスピーチをやり終えて、気持ちに区切りを付けられるだろうと思っていた。
文目がカレンダーを見ながら色々と考えていると、ふと玄関のチャイムが鳴った。
「――はい」
文目が玄関の扉を開けてみると、ニコニコとした笑顔の初老の男性が「こちらお届けに伺いました」と文目に畳紙(和服や帯を包む紙)を手渡した。
「――ああ、いつもありがとうございます」
後ろから声が聞こえて来たので文目が振り返ると、いつものように和服を着た柊が階段から降りて来た。
「これ、柊さんの着物ですか?」
男性が帰ると、文目は柊に畳紙を手渡しながら言った。
「うん、今度の結婚式に着て行こうと思って、クリーニングに出しておいたんだ」
柊が畳紙を受け取ると、隙間から艶のある濃い色の布地の端が見えた。「これ、僕の祖父が着ていた着物らしいんだけど、僕が着物を着るようになった時に祖母がくれたんだよ」
「おじい様が着ていた着物をお孫さんが着るって、ステキですね」
柊と楠は祖母と血が繋がっていないと前に楠が言っていたが、それでも柊と楠の祖父もステキな人だったんだろうな、と文目は思った。
「ありがとう。祖父の着物はどれも良い物ばかりで、僕も着るのは楽しみなんだ」
「そう言えば、柊さんっていつも和服を着てますよね。いつから着るようになったんですか?」
文目が小学生だった時、小学校の先輩の柊はもちろん和服を着て登校してはいなかった。普通のどこにでもいる小学生が着ているようなシャツとかそういうものを着ていたような気がする。
でも、この間再会した柊は、楠でいる時以外はいつも和服を着ている。
一体、柊はいつから和服ばかり着るようになったのだろうか。
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