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「大学を卒業して、祖母の仕事を本格的に手伝い始めた頃からかな? 祖母の四柱推命仲間が祖母くらいの年齢の人しかいなくて、どこかの集まりへ行くと僕一人だけ若いからどうしても浮いてしまうんだ。で、祖母にせめて和服を着れば箔がつくんじゃないかって言われて、それ以来着るようになったんだよ。
僕も最初は着なれない感じがしたけど、着始めると和服って奥が深くて面白くてね。それに、僕が和服を着て鑑定や講座をやると来てくれた人がすごく喜んでくれて。それで、気付いたらいつも和服ばかり着るようになったんだ。
まあ、楠は『窮屈だ』ってすぐに洋服に着替えてしまうんだけどね」
「確かに楠さん、この間、そんなこと言ってました」
文目は先日、楠が「やっぱり和服って窮屈だよな。俺、着替える」と言っていたことを思い出した。
そして、楠に自分の手を掴まれたことも思い出し、胸がドキッするのを感じた。
「楠、文目ちゃんにそんなことも言ってたんだ。僕は楠が出ている時はほとんど寝てるから全然記憶がないけど……。そんな話もするなんて、楠と文目ちゃんが仲良くやっているみたいで嬉しいよ」
「あっ、はい。楠さん、よく私にアドバイスとかしてくれて、とても助かってます」
文目はまた自分の胸をドキッとするのを感じた。
(――何だろう、この感じ)
文目はどうして今自分は胸をドキッとさせたのだろうかと考えた。
自分と楠が話している時のことを柊には知られていないということがわかってホッとしたのだろうか。
楠が自分の頭を撫でたことも、自分の手を掴んできたことも、柊には知られていないとわかってホッとしたのだろうか。
いや、違う……。それなら胸をドキッとなんてさせないだろう、と文目は思った。
一体、自分は何に胸をドキッとさせたのだろうか。
多分、「楠と文目ちゃんが仲良くやっているみたいで嬉しいよ」と柊が言った部分に胸をドキッとさせたのではないだろうか。
柊は本当に心の底から「楠と文目ちゃんが仲良くやっているみたいで嬉しいよ」と思っているのだろう。
柊がそう思っていることは、柊の口ぶりや穏やかな表情から良く読み取れる。
柊は楠と自分が「仲良くやっている」ことが「嬉しい」のだ。
それが自分の胸を「ドキッ」とさせたらしい……。
(――柊さん、私のこと、どう思っているんだろう?)
気になる……、と文目は思った。
少なく見積もっても、柊は自分のことを悪くは思ってはいない。きっと、好意的に思っているだろうし、信頼してくれているとは思う。
そうでなければ、銀葉館に住み込みで文目を迎え入れたりしないだろう。
ただ、その「好意」や「信頼」は、銀葉館の占い師としてや内弟子としての自分に対してだけ向けられているものなのだろう……。
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