3 SWEET DREAMS(スウィート・ドリームス)

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(――これからは自由に生きろ、後悔のないように生きろ)  父親が言った言葉を思い出す。  文目は腕時計をジッと見つめた。  今、ここで藤子のことを追いかけずに、藤子に背を向けて銀葉館へ真っすぐ帰るのは簡単だ。  でも、本当に藤子のことを追いかけなくても良いのだろうか。  ここで藤子のことを追いかけなければ、自分は絶対に後悔する。  それに、さっき自分は「今は藤子の気持ちを尊重して、このまま追いかけるのを止めた方が良いのではないだろうか」と思ったが、それは本当に藤子のことを考えてのことなのだろうか。  追いかけるのを止めようと思ったのは、藤子のことを考えていると言うよりは、自分から逃げていく藤子と向き合うのが怖かったからなのではないだろうか……。  前に楠も言っていたではないか。 (――その『何かあった』の『何か』を突き詰めて、初めてあの女の悩みが晴れるんだよ)  タロットカードの説明をし始めた時、最初は本当の悩みを言わなかった藤子も、自分がもう一度訊いてみたら本当の悩みを打ち明けてくれた。  気持ちに区切りを付けるために好きだった上司の披露宴のスピーチを頑張ろうと思ってくれたではないか……。  やっぱり、もう一度藤子と向き合って、藤子の悩みが晴れるように頑張ってみよう。  文目は腕時計から視線を外すと、遠くなっていく藤子の背中に向かって全速力で走り始めた。 「――梨木さん! 梨木さん、待って下さい!」  文目が走りながら藤子の名前を呼ぶと、藤子が驚いた表情で振り返り、歩みを止めた。  文目は藤子に追いついて立ち止まると、大きく肩で息をしながら思わずよろめいてしまった。  よろめいた文目の腕を藤子が支えてくれる。 「蓮見さん、大丈夫ですか?」 「大丈夫です……。こんなに走ったの、久しぶりで……」  立ち止まって多少は呼吸が落ち着いた文目だったが、何だか目の前がクラクラとし始めた。 「蓮見さん、顔が真っ白ですよ!」  藤子が慌てた口調で文目の腕を引っ張りながら、近くの木の下にあるベンチを指さした。「あそこまで歩けますか? ちょっと座りましょう?」 「はい……」  文目は藤子に引きずられるようにベンチの方へと歩いて行った。
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