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しばらくの間、文目と藤子の間に沈黙が流れた。
「――そう、だったんですね」
先に沈黙を破ったのは藤子の方だった。「まさか、蓮見さんも私と同じような思い出があったなんて……」
「すみません。自分が後悔したからと言って、梨木さんが後悔するとは限らないとは思います。でも、私と同じ思いをしてほしくなくて、つい……」
「ありがとうございます」
「えっ?」
文目は俯かせていた顔を上げて、藤子の方を見た。
「蓮見さん、そこまで私のこと自分のことのように親身に考えてくれていたなんて……。それなのに、私、急に銀葉館に行かなくなってしまって……。すみませんでした」
「いえ、そんな……」
文目は慌てて首を横に振った。
「そう、ですよね。このまま披露宴のスピーチをドタキャンしても、確かに蓮見さんみたいにモヤモヤが残りそうですよね……」
藤子は少しの間、顔を俯かせて何かを考えるようにしていたが、やがて顔を上げて文目の方を見た。「私、やっぱり……。やっぱり、披露宴へ行こうかなって思います」
「えっ? 本当ですか?!」
文目が藤子の方を見ると、藤子は小さく頷いた。
「確かに披露宴へ行くことには抵抗があります。ましてやスピーチなんて……。私、本当に上司と結婚する方の引き立て役になるのは目に見えているけど、蓮見さんの言う通り、このままスピーチも何もかも投げ出して逃げてしまったら、絶対に後悔してしまいそうな気がします。
私、これから帰って、スピーチの内容を練り直してみます。蓮見さん、もしなら明日、銀葉館にお邪魔しても良いでしょうか? 少しお時間頂いてもよろしいですか? もう一度、スピーチの内容を見てもらいたいんです」
「大丈夫です!」
文目は思わず勢い良く立ち上がった。「明日は夕方には銀葉館の仕事も全部終わるので、夕方以降であればいつでも大丈夫です」
「ありがとうございます、そうしたら、明日の夕方に銀葉館にお邪魔しますね」
「はい、お待ちしています!」
文目が笑顔で返事をすると、藤子も文目に笑顔を見せた。
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