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その日の土曜日、銀葉館は珍しく四柱推命の鑑定を受ける人も講義を受ける人も誰もいなかった。
館主である柊が、結婚式に呼ばれて不在にしているためだ。
自分以外の誰もいない銀葉館の館内で、文目は普段できない書物や書類などの整理をしていた。
柊が普段使っている書斎と地下の書庫を往復したりしながら、文目は柊と同じ結婚式の披露宴に出席する藤子のことを何度も思い出していた。
藤子はスピーチを無事にやり遂げることができるだろうか。
いや、藤子なら絶対に無事にやり遂げることができる。文目はそう思いながら、広い銀葉館の館内を忙しなく歩き回っていた。
夕方前になって、銀葉館の扉が開く音が聞こえた。
書斎にいた文目は手に持っていた本をテーブルの上に置き、階段を降りてみた。
扉を開けて館内に入って来たのは柊だった。
柊の和服姿に見慣れている文目も思わずハッとするくらい、今日の柊の和服姿はいつにも増してステキだった。
濃い色の見た目はシンプルな着物だが、かなり上質な布地を使った着物なのだろうと言うことが文目にもわかる。
前に柊は「僕の祖父が着ていた着物」と言っていた。
柊の祖母は四柱推命界では有名な人物とのことだったが、その夫でもある祖父も四柱推命界でかなり高名な人物だったらしい。
同じ四柱推命の世界で頑張っている孫が自分の着物を着てくれるのは、きっと祖父も嬉しく思っているのだろう、と文目は思った。
「――柊さん、お帰りなさい」
文目が声を掛けると、柊が文目に向かって笑みを浮かべた。
酔っているのか、柊の顔が少し赤いような気もする。結婚式でアルコールでも飲んだのだろうか。
多分、結婚式と言う祝いの席だから飲んだのだろうけど、普段の柊はアルコール類を一切口にしない。
飲むとすれば緑茶か紅茶などのお茶類で、コーヒーを飲んでいるところも見たことがなかった。
意外にもあの楠も、アルコールは飲まないのだ。
銀葉館にはキッチンに常備してある料理酒以外のアルコール類はなかったから、アルコールに酔っている柊の姿を、文目は初めて見た。
文目は顔をほんのりと赤くして、普段以上に穏やかなふんわりとした笑みを浮かべている柊に思わず見とれてしまった。
何だか、柊の違う一面を見つけてしまったようで、胸がドキドキする。
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