45人が本棚に入れています
本棚に追加
藤子はスピーチをやり遂げて、ちゃんと自分の心にけじめをつけることができたのだろう。
やっぱり、パン屋さんの前で藤子を見かけた時、追いかけて行って引き留めて良かったな、と文目は思った。
あの時は一瞬、逃げていく藤子の気持ちを尊重して追いかけるのを止めようと思ったが、「後悔したくない」という自分の気持ちにしたがって行動したら、結局、藤子はスピーチを成功させて参列者である柊に絶賛されたし、自分も後悔することなく嬉しい気持ちでいっぱいになった。
――これからは自由に生きろ、後悔のないように生きろ。
父親が言ったあの言葉。
あの言葉の通りに行動したら、自分が嬉しい気持ちになっただけでなく、自分と関わった他の人にも良い影響を及ぼすことができた……。
もしかすると、自由に生きる、後悔のないように生きる人生とは、自分が思っている以上に自分以外の人間にも良い影響を与えるものなのかもしれない、と文目は思った。
(――私、どうして今まで気付かなかったんだろう)
気づかなかったのも仕方ないのかもしれない。
新潟から引っ越して高崎へ移り住んだ自分には、「自由」と呼ばれるものはほぼなかったからだ。
ずっと誰かの敷いたレールに沿った人生を歩むのが当たり前で、それが「人生」というものだと思っていた。
でも、今の自分は違う。
高崎から新潟に引っ越して、柊の元でやりたかった占いに携わる仕事をすることができたし、何よりもまだ高崎に残っている父親が「――これからは自由に生きろ、後悔のないように生きろ」と言ってくれている。
(――これからはもっと自由に、後悔のないように生きて行こう)
文目は心の中で自分に言い聞かせるように呟いた。
時々、昔の自分が顔を覗かせて、例えば、藤子を追いかけることを躊躇したりすることもあるかもしれない。
それでも、自分はもっと自由に、後悔のないように生きて行こう、と文目は思った。
自由に後悔のないように生きることが、自分だけでなく自分以外の他の人にも良い影響を与えるということを信じて……。
「――そうだ、文目ちゃん。お茶を入れるから、一緒に飲む? 今日、久しぶりにお酒を飲んだから、ノドが渇いて。ちょうど引き出物に和菓子も頂いたし……」
柊が手に持っていた紙袋の中から箱の包みを取り出して開けると、中から鶴や亀などの縁起物をモチーフにしたかわいらしい和菓子が出て来た。
きっと、新婦である琴子の実家の和菓子だろう。
「そうしたら、私がお茶入れますね、柊さん、結婚式でお疲れでしょうから。サンルームにお持ちすればよろしいですか?」
「あっ、でも、文目ちゃんも今日は一日書庫の整理をしていて疲れただろうし、僕が入れるよ」
キッチンへ行こうと歩き始めた文目を呼び止めようと一歩踏み出した柊が、突然よろめいた。
「あっ、柊さん……」
もしかすると、アルコールのせいで足元がおぼつかなかったのだろうか。文目はとっさに柊の身体を支えた。
最初のコメントを投稿しよう!