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柊を支えた瞬間、文目の身体を包み込むように、柔らかなお香のような匂いがふわりと漂って来た。
このお香のような匂い……。確か新潟駅で柊と久しぶりに再会した時にも同じ匂いがしてきたな、と文目は思い出した。
柊は文目に支えられたまま、動かなくなった。
文目はやっぱり柊はアルコールに酔っているのだろうかと思った。
もしかすると、酔ってしまって自分に支えられたまま眠ってしまったのだろうかと……。
でも、本当に眠ってしまったのであれば、自分と柊の体格差だ、それこそ自分は支えきれなくなってしまうだろう。
では、どうして柊はまったく動こうとしないのだろうか。それに、どうしてこんなにも柊と自分は密着しているのだろうか……。
(――もしかして、私)
文目は自分で考えたことに驚いて、思わず目を見開いた。(――今、柊さんに抱きしめられているとか?!)
文目がそう思った瞬間、柊が文目から身体を離した。
「――ヤバい、酔ってる」
「えっ?」
文目が赤面した顔で柊の方を見上げると、柊は顔をしかめながら額に手を当てた。
「柊のヤツ、飲み過ぎなんだよ。俺たちが酒に弱いこと知ってるクセに。酒に酔ってるからって……」
「えっ? どうして突然、楠さんが出て来たんですか?!」
文目が訳も分からず突然現れた楠に訊くと、楠は一瞬「マズい」と言うような表情をしたが、すぐに表情を真顔に変えた。
「柊が酔ってるから、俺が出て来たんだよ」
「でも、柊さんが酔ってるなら、楠さんも酔ってるんじゃあ……」
「それよりも、お茶、入れようとしていたところじゃないのか?」
「あっ、そうだった」
文目は慌ててキッチンへ駆けて行こうとしたが、なぜか楠が文目の手を掴んだ。
文目は胸をドキッとさせた。
「俺が入れるからいいよ。お前はサンルームでこれ出して待ってろ」
楠は文目に和菓子の入っている紙袋を渡してキッチンへ行こうとしたが、突然振り返った。
「――それで良かったんだよ」
「えっ?」
「それで良かったんだよ。俺、柊の中からずっと見てたけど、あの梨木って女のスピーチ、すごく良かった。お前のやった通りで良かったんだよ。お前、良く頑張ったな」
「あっ、ありがとうございます」
文目が頭を下げると、楠は唇の両端を上げて笑顔を見せた。
「まあ、これからもせいぜい頑張れよ」
「はい、頑張ります!」
楠はもう一度文目に笑顔を見せると、キッチンの方へと歩いて行った。
(――良かった、柊さんだけじゃなく、楠さんにも褒められた)
文目はキッチンへ行く楠の背中をジッと見つめていたが、ふと自分の身体に残っている柊のあのお香の匂いに気付いてハッとした。
あの時、確かに自分は柊に抱きしめられていたような気がする。
それとも、あれは柊ではなく楠だったのだろうか。
文目は再び自分の顔が赤面するのを感じた。
顔は赤くなるが、イヤな気持ちはしない。
むしろ、嬉しいような気持ちがしないでもない。
抱きしめて来たのが柊だろうと楠だろうと、どちらだろうと……。
文目はここまで考えて再びハッとした。
(――やだ、私、「どちらだろうと」なんて)
何を考えているのだろう、と文目は首を横にぶんぶんと振った。
どちらだろうと嬉しいなんて……。
(――何だか、自分の気持ちなのにわからない)
前に楠が自分の頭を撫でたことも、自分の手を掴んできたことも、柊には知られていないとわかってホッとしたのに、今は「どちらだろうと」なんて……。
文目はため息をつくと、楠が渡した紙袋を持ってサンルームへと歩いて行った。
歩く度に柊のあのお香のような匂いがふんわりと漂ってくるような気がする。
文目は歩きながら、また自分の顔が赤面してくるのを感じた。
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