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アメノからの手紙を見なかったことにし、僕は篠崎と共に銭湯を出た。
温泉で火照った気分と身体を、薄ら寒い風がそっと撫でる。
「雨、止んだみたいですね」
篠崎の言う通り、雨がアーケード街の屋根を叩く音はしない。
しかし、空の色は依然どんよりしたままだ。
「帰るなら今のうちですね、急ぎましょう」
アメノのこともあるし、急いで帰ろう。
商店街を途中で抜けると、三角州の近くに出た。
篠崎の家は三角州の奥にあるらしく、途中まで帰り道が一緒だったのだ。
川沿いに歩いていると、篠崎が言った。
「今日は本当にありがとうございました」
「お礼ならさっきも聞きましたよ」
「いえ……お金の件もそうなのですが、私今日とっても楽しかったんです」
篠崎は懐かしむように川面を眺める。
「あんまり覚えてないんですけど、小さい頃はここに住んでたんです。恥ずかしながら、この町のことを知った気でいたんです」
篠崎は、「へぇ……」と相槌を打つ僕を追い越し、こちらに向き直る。
「だから。今日こうして、私の知らない町の部分を知れて……そして、それを教えてくれた八栄くんと出会えて、本当に良かったです」
彼女は、とびっきりの笑顔で言った。
「僕も楽しかったです」
ボケをかまされてばかりだったが、そう悪い時間じゃなかった。
実際もしあの時声をかけられてなかったら、僕は放心状態のままカフェに行って、風邪をひいていただろう。
ある意味、僕にだって彼女に恩があるじゃないか。
僕はパッと脳に浮かんだ言葉を、声にして紡いだ。
「……また会えたら、今度はちゃんと町のこと紹介します」
一瞬驚いたように固まったが、篠崎は再びあの笑顔に戻る。
「はい!」
彼女越しに見えた雲の切れ間からは、ごく僅かにだが、光がさしていた。
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