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カフェへ出勤した兄さんと入れ替わるように、静けさがやって来た。
しかし、ここで問題が一つ。
姉の茜が、いつになっても起きてこないのだ。朝食を作り終えてから早1時間。彼女が部屋から出てくる気配は一向にない。
こういう時、姉さんを起こさなかったらどうなるか、僕は嫌というほど知っていた。
自分からは絶対起きないくせに、起こさなければ腹を立て、起こしても腹を立てられる。もう意味不明だ。
姉のだらしなさには慣れてしまった部分もあるが、こればっかりは面倒である。
仕方がないか……と自分に言い聞かせて、僕は再び姉さんの部屋の前に立つ。すると、冬眠中のクマでもいるんじゃないかと思えるくらい、低いイビキが聞こえた。
「……はぁ」
やっぱり、めんどくさい……。
ためらいつつも、ドアノブをひねる。すると、なんとも形容しがたい独特の風が流れ出てきた。
異臭はせずとも、確実にこちらの気分を害するそれは、恐らく塵や埃の類だろう。
最後に掃除をしたのは3日前だが、この短期間で5年間掃除してないのと同じくらいの汚部屋になるとは……もはや才能の類だ。
口元を押さえて、僕は姿の見えない姉さんに呼びかける。
「おい、朝だぞ! 起きろー!」
「ん、んぅ〜………」
服の山の麓から、微かに唸り声らしき声が聞こえた。
「そんなところで寝てて、よく生きてるよな……」
姉さんの生命力はゴキブリ並みかそれ以上らしい。実の弟でも、ちょっと引く。
僕は一度部屋の外に出て、大きく深呼吸した。あんなところでまともに呼吸できるのは、部屋の主たる姉さんだけだ。
深呼吸を終え、再び部屋に突入すると、声がした辺りの服を掘り返した。
しわくちゃになった制服を剥いだところで、ようやく姉さんのものらしき髪が出てきた。
一体どうやって呼吸してるのやら。
僕はそこからさらに穴を広げ、未だ夢の中を旅している姉さんを引っ張り上げた。
「おーい、起きろー」
引っ張り出した姉さんの頬をペチペチ叩くと、眉間にシワがよる。
「あと5分だけ……」
「その5分で満足して起きられた覚えがあるか?」
「……ない………」
「じゃあ今すぐ起きろよ」
がしかし、ここで姉さんは電池が切れたように反応しなくなった。
これがもしギャグアニメならば、僕の額に青筋が浮かんでいたことだろう。
危うく、平手チョップを繰り出すところだった右腕を抑えていると、背後から小姫の声がした。
「みつ兄ちゃん。電話」
「わかった。今行く」
もうダメだ、諦めよう……ていうか、起きない方が圧倒的に悪いじゃん。
僕は、せめてもの情けとして目覚ましを今日一日、5分おきになるようセットして部屋を出た。
電話は、兄さんからだった。
「もしもし、三峰?」
兄さんの声はどこか慌てているようで、僕が「どうした?」と訊ねると、受話器の向こうから深刻そうな雰囲気が流れてきた。
「それが、卵切らしちゃって……お金は後で出すから、買ってきてくれないかな?」
「えぇぇぇぇ〜……」
何でよりにもよって今日なのか。
窓の外に目をやると、鉛色の雲が怪しく動いていた。
僕の心底嫌そうな声に、兄さんは泣きそうな声で懇願した。
「頼むよぅ……」
今朝に続き2度までも彼のドジに振り回されるとは、やはり寝坊したのがいけなかったのか?
今にも雨が降り出しそうな空を一瞥し、僕は固定電話のダイヤルに向き直った。
さて、面倒なことになったぞ……この季節の外出は死ぬほど面倒だが、卵を買わなければお小遣いの出元であるカフェの売り上げにも、影響が出てしまう。
僕は一つため息をつくと、受話器に向かって言葉を吐き出した。
「わかった。それで、何個買えば良いの?」
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