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目的地であるスーパーは、家の近くに伸びた旧商店街というアーケード街にある。新商店街なる通りもすぐ隣にあるが、新と書いてあるぶん、あちらは人も多い。
僕はリビングに朝食と書き置きを残し、小姫を連れてそこへ向かった。
裏地がモコモコしたパーカーに厚いコートと、しっかり着込んでいるがまだ寒い。
首をすぼめてカタカタ震えている僕とは対照的に、前を歩く小姫は楽しそうだ。
子供は風の子って本当らしい。
そんなことをしみじみ思っていると、右腕に柔らかく温かいものが触れた。
「えへへ……みつ兄ちゃんあったかい」
驚いて右下を向くと、小姫が腕にくっついているではないか。
「こら小姫、歩きにくいだろ」
軽く窘めるが、小姫は聞く耳を持たない。
……まぁ、可愛いからいいか。
僕はあとどれくらい、この無邪気な小姫を見られるのだろう……と頭の片隅に思い、また首をすぼめた。
くっついて離れない小姫をそのままにして、歩みを進めた。
目的地に着く頃には、寒さもだいぶ和らいだ。
スーパー特有のいろんな食材を混ぜたような生臭さが、氷のように冷たい鼻先をやんわりと刺激する。
蛍光灯に照らされた卵のパックたちをカゴに入れると、寒さで感覚の鈍った手に、その重さが伝わってきた。
まるで重さだけが腕にまとわりつくような感覚に、改めて冬の訪れを感じる。
「……ゆう兄ちゃんは何個必要って言ったの?」
ふと、小姫が訊ねた。
「1パックで良いとさ。今日はもう早めに閉めるらしい」
「ふぅん……」
小姫の妙に含みを帯びた「ふぅん」に、足が止まる。
なんだ……なんだ今の「ふぅん」は……?
誤魔化しとも上の空とも違う。確実に裏があることを、あえてこちらに匂わせている「ふぅん」だ。
妹の考えていることなど、今まで分かったことがない。何度か理解しようと試み(じっと見つめ)たが、そのたびに「じろじろ見ないでお兄ちゃん! 気持ち悪いよぅ……」とか言われて、呆気なく撃沈したのだ。
過去の苦い記憶に顔をしかめていると、思案するように小姫がこちらを見上げた。
「でも念のために、もう2パックくらい買ったほうがいいと思うよ? ほら、ゆう兄ちゃんってどん臭いし」
確かにそうだ。あの人のことだし、貰った直後に全部落として粉々にしかねない。
そして妹よ。ゆう兄ちゃんが聞いたら、たぶん泣くぞ、それ……。
だがしかし、兄さんが異常にどん臭いのも事実だ。ここは一つ、小姫の助言を受け入れるとしよう。
と、僕たちはレジに向かい無事に卵を購入したのだが……。
「なぁ小姫……本当にさっきの助言は兄さんを思ってのことだったのか?」
僕の問いに、"魔法少女☆プリキュート キャンペーングッズ"のステッキを嬉しそうに抱えた小姫は、勢いよく頷く。
「当たり前だよ!ぜんぶ八栄家のためを思ってのことなんだよ」
「そ、そうか……?」
しかし僕は、彼女のあまりに幸せそうな顔を見て「お前、絶対そのステッキが欲しかっただけだろう……」と確信した。
アーケード街に出ると、先程よりも少し寒く感じられた。
7歳にして兄姉をパシリに使ったりするような、ずる賢く恐ろしい妹だが、これはこれで悪い大人にも引っかかりにくいだろう。……そう安心することにしよう。
そんな想いを吐き出すように深くついた溜息は、鉛色の空へ溶けていった。
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