「家族編 いつも?の八栄家」

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 一度ルーティンがずれると、今までの同じような日々が、まるで違う日を過ごしているかのように感じることがある。  しかしそれはあくまでも、自分の視点から見た世界であって、何か他人に影響が出るかと言われれば、あまりない。  出てもせいぜい、この世界のどこかの誰かさんが欠伸をしたくらいの、心底どうでもいいレベルだろう。  ただの寝坊がこんなことを引き起こしてしまったのか? それとも、ただの偶然か……今回は少し違うみたいだ。  スーパーから兄の経営してるカフェに到着すると、思わず声を上げてしまいそうな行列が出来ていた。  普段、カフェが混雑することなんてほとんどなく、多くても30人くらいなのだが、それがどうしたものやら。店の前には、ムカデの如く長い行列ができていた。しかも見た感じ、女性しかいない。  小姫が呆けた声で言った。 「これどういうこと?」 「さぁ、僕にも分からないな……とりあえず、裏口から入店しよう」  僕たちはこっそりと通りの裏へ周り、鉢の下の合鍵で鉄臭いドアを開けた。  ホールに続く廊下の奥からは、食器の擦る音や楽しげな話し声が響いている。 「忙しそうだな……」 「だね」  厨房の冷蔵庫に買ってきた卵を入れていると、兄さんがフラフラと落ち着かない足取りでやってきた。 「ちょ、大丈夫!?」  慌てて駆け寄ると、兄さんは僕にもたれるように倒れてきた。 「助けて三峰ぃ……お兄ちゃんもう働けないよぅ………」  力なく覆いかぶさってきた巨体に、僕はなすすべなく押しつぶされ地面にへたりこむ。 「お、重い………」 「働いてもらわなきゃ、八栄家は保たないよ!兄姉弟妹の中じゃ、まともに養ってくれそうなのはゆう兄ちゃんだけなんだもん!」  こんな時でも末妹は頼もしく、そして誰よりも図太い。 「そうだよ兄さん……あと、早く退いてくれ……あ、やばい折れるっ!」  兄さんの体重を支えていた腰あたりの骨が、ビキビキと怪しげな音を立て始め、僕はいよいよ焦り出した。 「なんならあれだ! 今日くらい手伝うから!」  焦った結果、全く思ってもいないことを口走ってしまった。  しまった! と口を結んだが、時すでに遅し。  兄さんの目は、まるで捨てられたところを助けられた子犬のように、ウルウルと輝いていた。 「ホント……?」 「………本当だよ」  不本意だよ。  けれど言ってしまったからには、やるしかないだろう。  しかし仮に兄さんが料理、僕がオーダーと料理を運び、小姫はオーダーだけ受けるというふうに分担しても、まだ忙しい。  店内にいる客だけならまだしも、続々と入店してくる客の相手や会計も含めたら、もう手が回らん。  僕はそのことを兄さんに話した。 「たしかに……これでもまだ怪しいね」  すると小姫が「心配ないよ!」と誇らしげに笑みを浮かべた。 「みつ兄ちゃん、ちょっと携帯貸して?」 「あ、うん……」  僕から携帯を受け取った小姫は、慣れた手つきで電話をかけた。  しばらくしたあと、相手が出たようで小姫の顔がパッと明るくなる。 「あ、もしもしお姉ちゃん?」  どうやら、電話の相手は姉さんらしい。  寝起きで、ご機嫌斜めな姉の様子が脳裏に浮かぶ。きっと、いくら兄たちを操作できる小姫でも、あのダメ人間の権化みたいな姉さんを手中に収めることは難しいだろう。  ……そう思っていた。  しばらくして、小姫が電話を切った。 「お姉ちゃん、5分で来るって!」 「えっ!?」と兄さんが素っ頓狂な声を出す。  僕はしばらく黙ったあと訊ねた。 「………小姫、姉さんになんて言ったんだ?」 「え?お手伝いに来ないと、お姉ちゃんの家での生活態度をママに言いつけるよって、言っただけだよ?」 「なるほど……」  その手があったか。これなら、毎朝自分で起きてもらえるかもしれないな。  ひとまず小姫にお礼を言った後、僕はこのことをスマホにメモった。  有事の際はこれで姉を脅せる……少々悪魔的であるが、これも姉の自立を促すためだ。心を悪魔にでもしない限り、きっと姉さんは永遠に自立しないだろう。  予備のエプロンを被ると、不思議と力が湧いてくるような感じがした。 「さて!無事に姉さんも来てくれることになったし、早く仕事に取り掛かろう!」 「「おう!!」」  こうして僕たちは、意気揚々とホールへと向かった。
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