春香の片思い。

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「あのさ、ひょっとして星野って、鈍い?」  楓が草太の首筋に顔を寄せ、囁くように聞く。ああ、成程ね。楓と春香の様子を見て、草太はピンと来た。 「かもな」と草太が笑った。 「春香ぁ、ガンバレ♪」  そう言って楓は、春香の頭を撫でる。春香は、うん・・・と頷き、ため息をついた。頭の中で星野の「美園」と呼ぶ声がリフレインする。  フードコートからテラスに続く窓の外では、夕焼けの逆光の中、家路を急ぐ人たちのシルエットを車窓に貼り付けた列車が、駅に滑り込んで来ていた。  金色に輝く外の景色をぼんやりと眺めながら、春香は思う。  美園・・・。星野は私をそう呼ぶ。やだな、嬉しくて悔しい。  BLICK-SPORTSはショッピングモールの1階にあるスポーツ用品店で、周辺にいくつかの中学、高校が点在していることから、部活に必要なものがたいてい揃う。  しかも、県内でもこの地域は運動系の部活が盛んなので、結構な充実ぶりだ。バスケ用品に関して言えば、店主が昔バスケをやっていただけあって、専門店顔負けの品揃えを誇る。カナタはかなりのバスケバカだったので、ちょくちょく顔を出しているうちに、すっかり店主と仲良しになっていた。  実は、今度のバッシュは、カナタの好みもサイズも熟知している店主が、新宿の専門店にいる仲間から取り寄せた季節限定モデルだった。当然、店主から話を聞いた瞬間、即買いだった。  カナタは真新しいバッシュを手に入れ上機嫌で外に出る。駐輪場のラックから自転車を引き摺り出すと、元気よく漕ぎ出した。前カゴに置かれた真新しいバッシュの箱が、カタカタと楽し気なリズムを刻む。通りを渡り最初の交差点、黄色い家の形をしたコンビニの看板を横目に見ながら、勢いよく左に曲がると大きな橋が見えてくる。  カナタは川を渡るために、腰を上げ、ハンドルを地面に押し付けるように前のめりになると、橋を一気に駆け上がっていった。比較的大きな川を渡るこの橋は自転車で走ると結構な勾配がある。付近にこの川を渡る橋がここしかないため、この道はいつも渋滞しているが、カナタはその脇を軽快に走り抜けて行く。  橋の右手には、いつも白いモーターボートが係留されていて、その先に海を予感させる。まあ、その先は延々と街の中を蛇行してくのだけど。でも、もし海が近かったら、と想像するとちょっと楽しかった。
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