思わぬアクシデント、しかし……

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思わぬアクシデント、しかし……

 1990年にふたたび時間を戻そう。武豊がレースのシミュレーションをしている時、厩務員の池江と調教助手の辻本はこれまでの二戦と違うものを感じていた。  秋の天皇賞とジャパンカップの頃は、ただ歩いているだけといった感じだったのが、このレースでは倍以上の力でオグリキャップに引っ張られていた。  大観衆を前に闘志が戻ってきたのだろうか。二人はもしかすると善戦以上のものが見られるかも知れないと、本番に期待を寄せた。  パドックでの周回が終わって本馬場に各馬が向かう。スタンドにもギッシリと競馬ファンが入り、アリ一匹も入る隙間がないと言った状態。  地下馬道から本馬場に各馬が向かい、アナウンサーがそれぞれの馬を紹介していく。  武豊がオグリに声をかけた。 「しっかりしろ、お前は……、オグリキャップだろう」  その言葉が通じたのか、彼はしっかりと脚を踏みしめて馬場に入った。 『4枠8番、オグリキャップ、494キロ、マイナス2キロ』  この瞬間にスタンドからあふれんばかりの大歓声が巻き起こった。これに驚いてなんとヤエノムテキが放馬してしまう。  名手岡部でもコントロールできないほどの事態にファンは騒然となった。ほかの馬も落ち着きがない様子だ。  しかし……、オグリキャップだけは違っていた。こういう雰囲気には慣れているかのような堂々とした風情を保ち、第3コーナー手前にあるスタート地点に向かっていった。
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