平成最後の勇気が、令和最高の復讐に

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平成最後の勇気が、令和最高の復讐に

「あのね、こういうハッピーキラキラストーリーはいまウケないの、わかる? よくこんなキレイな台本を書けるよね。毒、入れなよ、毒! きみさ、人を信用しすぎだって言われない? もっと人を憎むといいよ」 いますよ、ひとりくらい。 画面の向こうのあんただよ。 ああ、元号が変わるからって普通じゃないことをしちゃいけなかったんだな。 『平成最後の創作イベント。大物シナリオライターが生配信で、あなたのシナリオを添削します!』 SNSのタイムラインの広告表示として流れてきたネット企画に、私は参加した。 スマホのメモ帳に打った初めての台本。少女漫画や乙女ゲームが好きだから、恋愛ものを書いた。眠る前に読んだら、いい夢が見られそうな甘酸っぱいお話。 そのお話は、たった一名の採用枠に選ばれた。元号が平成から令和へと変わる30分前。つまり、23時30分。配信は始まった。 『大物シナリオライター』は、自分が手がけたスマホゲームの裁判官である白ヒゲをたくわえた中年男性のお面をかぶっている。 声からして、そうとうな年齢、うん、確実に昭和生まれだとわかるんだけど、お面から少し茶髪がはみでていて『おじさんなのに茶色く染めるのがクリエイターという人種なのか?』と、私は呑気なことを考えた。 数分後、この『大物シナリオライター』は私の作品を華麗に捌いた。捌いたとしか言いようがない。 彼は、自分の好きなように批評していった。 さっきから、なぜ『大物シナリオライター』の名前を書かないのかって? いやあ、名前を書いたらマズいとかじゃないのよ。タイピングしたらキーボードが腐りそうでさあ。 私、本気を出して、いまはパソコンで文章を打ってるの。 ああ、令和元年になる瞬間にパソコンを起動させることになるとはねえ。せっかくのゴールデンウィークなのに。 来年は大学受験だから17歳のこの一年を楽しむぞと決めていたのに、なんで怒りを生むきっかけを自分で作っちゃったんだろう。 そう、私は怒っているのだ。 『大物シナリオライター』のありがたい添削はまだ続く。新元号の令和を越す配信なのだ。 「いるんだよねー。こういう作家志望の子って。わたしぃ、ドロドロしたの書けませーんって子。SNSでも、いい子ちゃんぶるんだよね。みんなに好かれたいオーラが見え見え! あのね、作品はね、読んだ人全員が拍手して喜ぶことは絶対にないの。その証拠にさ僕、この作品、嫌いだから。人生の明るいところしか書けない、そういう世界にしか住みたくないなんて、あまちゃんだよ」 3000字の台本を読んだだけで、私が生きた十数年を理解できるのかよ? 私は配信を聴きながら、次の作品を書いていた。 タイトルは決まっている。 『最高の復讐』 『大物シナリオライター』の名前をもじったキャラがひどい目に遭う……は、ありきたりだな。 「あれ?」 私は何をすれば、彼に最高の復讐ができるのだろう? 配信の感想を恨みを込めて、SNSで長々と書くとか? ダメだ、私が炎上する。 「きみに足りないのは黒いところだよ! こんなお花が咲いてるだけのような作品しか書けないなんて、引き出し足りないよ? あー、もう令和かあ! それじゃ、最後にひとこと。新時代には、誰かひとりでも嫌いになったらいい作品が書けるよ! じゃあ、配信終わりー!」 毒は即効性がなくてもいいんじゃないか? 新時代、令和が終わるまで続くのも悪くない……。 ……あれから、私はどれだけの作品を書いてきただろう。 恋愛もの? もちろん書いている。 人を殺すような作品は書いていないわ。リアルでも刃物を振り回したりしないわよ。 あれから嫌いになった人はたくさんいた。 やっぱり当時の私は、作品も自分自身も未熟だった。そして、次に書こうとした作品も。 単なるスマホ打ちの台本しか書けなかった17歳の私だったけど、いまでは、小説を書いている。 「令和最後かつ史上最高齢の新人作家となったいまのお気持ちは?」 私が口を開こうとすると、一斉にフラッシュがたかれる。都内のホテルにはたくさんのマスコミが私の取材に訪れていた。今日はある文芸誌の受賞パーティーだ。 「こんなおばさんがかわいらしい恋愛ものを書いているなんて、皆さん驚いたでしょう。私は若い頃に、自分の作品を否定されました。それでも、恋愛が書きたかった。もちろん、彼が指摘したようにほんの少しの毒を含めることもありました。でもつらい世のなかなんだから、夢を見たっていいんじゃないか? そう思い、30年書き続けました」 たくさんの花束を抱えて、私は帰宅した。私の部屋はホワイトの家具で揃えて、リネン類は桜色。ぬいぐるみがたくさんある。 花束の包装をといて、花瓶に生けた。オレンジ、ブルー、ピンクと部屋が一気にカラフルになった。 花の香りを嗅いだあと、引き出しからUSBメモリを取り出す。起動させたパソコンに差し込む。 「ああ、ちゃんとデータが見られる! すごい!」 『最高の復讐』は書きかけのまま誰にも見せず、このUSBメモリに保存していた。 「あははは、『人肉料理の素材にするのは?』で終わってるわー」 あの『大物シナリオライター』がいまどうなっているかはわからない。スマホゲームはサービス終了した。 私はデータを閉じると、USBメモリをパソコンから引き抜いた。 「がんばったね、私。ちゃんとできたね。最高の復讐!」 あまり力を入れなくても、USBメモリは真っ二つに折れた。 エンターキーを押したときのような気持ちの良い音が響いた。
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