1 ジカード

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ジカードが城門をくぐり、城に帰ってきた。 とたんに血の匂いが漂う。  無数の人間の血で城の壁は真っ赤に染まっているのだ。  そして、城の装飾品である人骨が鈍い輝きを放つのだった。  長い回廊を抜け、父王の広間に向かった。  回廊にはジカードと同様、赤髪の吸血鬼達が音も無くたたずんでいたがその瞳には凶暴な光を宿している。 もう罰を受ける覚悟は出来ている。  漆黒の巨大な扉の向こうから更に強烈な血の臭いが漂い少年は父親の気配を感じ、憎悪がこみ上げてくるのだった。 「父上、僕です。ジカードです」 ジカードは扉の前で声を上げた。  扉の向こうの者に聞こえるものかと思えるぐらい小さい声だった。 しかし、ジカードの微かな声が向こう側に聞こえたのだろうか? 扉は耳障りに軋み、鎖の音を上げながら開きはじめたのだ。 吸血鬼(ヴァンパイア)は鋭い聴覚を持っているため、ジカードの小さい声でも充分に聞こえていたらしい。  扉はいまだにギシギシと音を立てて開き続ける。  ジカードは極力父王の広間を避けたかった。 何故なら、今ジカードの目の前に悪夢のような光景が広がっているからだ。  広間の入り口付近には檻が幾つか置いてあり その中には身包みをはがされた人間達が閉じ込められていた。 彼らは長い間、地下牢で二度と日の光を浴びることもできず澄んだ空気を吸うことも許されず、絶望に打ちひしがれそして恐怖のあまり泣き声を上げる者もいる。  そんな中ジカードが人間達の目の前を素通りすると、檻の中の人間達はジカードの姿を見るなり恐怖のあまり叫び声を上げ、そばにころがる人骨を拾っては投げつけてきた。 ジカードは恐れを成す彼らを振り向かなかったが、吸血鬼(ヴァンパイア)の食事として捕らわれた人間達がこれまでどんなに恐ろしい思いをしてきたか痛感していた。  その付近には人間の(はらわた)を貪る女吸血鬼(ヴァンパイア)達が通りすがるジカードを睨め付けている。 ジカードは人間の皮でできた大きな垂れ幕の前で立ち止まり膝をついた。 「父上、ジカードが参りました」 ジカードの声に答えるように、垂れ幕が揺れて奥から恐ろしい唸り声が響いてきた。 広間自体がその唸り声で揺れ 垂れ幕の向こうから巨大な手が伸びだした。 その腕は獣のように紅い毛にびっしりと覆われ、そして人のように器用な五本指が生えていた。 その腕が広間の端に置かれた檻まで伸びてゆくと、大きな檻の上の扉をこじ開ける。 そしてその手は人間数人をつまみ上げ、垂れ幕の奥に引っ込みはじめた。 人間の男数人が手足をばたつかせ足掻いているのを見てジカードは思わず目をつむろうとした。 その時、垂れ幕が開きジカードの目の前には 父上ザーガイツが魔狼の姿で座り息子にぎらついた瞳を向けている。 その姿は狼と言うよりも醜悪な怪物のようだった。 ザーガイツの口には鋭い牙が何重にも生えており、唾液が糸を引いている。 その前足は、ザーガイツが自らの変身の力で 物をつかみやすい形に変化させていた。 ザーガイツは菓子でも摘まむかの様に、数人の人間を牙の生えた口に運んだ。 「父上、僕は再び罪の犯しました。貴方の掟に背いてしまっ……」 ジカードの声は、ザーガイツの牙が骨をかみ砕く音とその人間の断末魔の絶叫にかき消された。 そんな恐ろしい光景を目の当たりにしていたジカードはなおも話を続ける。 「僕は、仲間をザイアを殺してしまったのです」 ジカードが淡々とした口調で伝えると ザーガイツの身体が縮みはじめ、 その魔狼の姿はさっきまでのゴツイ獣姿から一変しなやかな体つきの吸血鬼(ヴァンパイア)の姿に変貌した。 ザーガイツは、仲間殺しをしたという息子の告白を聞いてもその蒼白な顔に冷ややかな笑みを浮かべていた。 父王が懐から血で汚れた包帯を取り出し、ジカードの目の前に放り投げた。 ジカードはそれを拾い上げると包帯から嗅ぎ覚えのある臭いが漂ってきた。 ニガリツブテの臭いと、あのアルゼ少女の臭いとだった。 なぜだ? アルゼはあの光の谷に送り出したはず、 今頃は谷の住人の一人として暮らしているはず…。 まさか、光の谷は……! 考えていく内に、考えたくない答えが頭を過る。 「あのアルゼ(食事)は私が喰った。 そしてあの忌々しい光の谷は私が潰した」 息子の心の微かな苦悩を察したように ザーガイツが答えると息子の顎を繊細な指でつかんだ。 父王に向けられたジカードの目からは生気が抜けたように輝きを失い、絶望という色に染まっていた。 ザーガイツはほくそ笑むとジカードの顎から指を離した。 「あぁ、お前には仕置きをしなければならない」 父親は扉の前の吸血鬼(ヴァンパイア)の兵士に向かってジカードを指し示す。 「日の光の刑だ」 日の光の刑 それは吸血鬼(ヴァンパイア)達にとっては死に値する刑であった。 これまで何人もの吸血鬼(ヴァンパイア)がこの刑で命を落としたか……。 ザーガイツはジカードの命などどうも思わないようだった。 しかし、ジカードは死に直面する刑を言い渡された状況の中、その絶望の淵から苦難に立ち向かうように真っ直ぐ目を開いた。 ザーガイツは真っ直ぐ此方を見据えるジカードに嫌悪の表情を浮かべた。 「死んだザイアに詫びながら刑を受けるがいい……下がれ」 ザーガイツは言い残し、垂れ幕の向こうに姿を消した。 僕は生き抜いてみせるからな…… 生きて生きて、生き残るんだ……! そうジカードは誓いたてると 兵士に連れられ、広間をあとにしたのだった。  続く……。
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