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輪廻百年
石畳の柔らかな苔を足裏に感じる。初夏、暗夜の風は恐ろしく澄み、植栽の石楠花の浅紅が妖しく揺れた。
赤松の木立を圧するように山門が聳え立っている。濃藍の空に、版画のように鋭く強く、濡羽の影を落としていた。
門の、檜造りの重厚な扉を押す。手に地衣のぬるりとした感触が染みこむ。流石は百年に一度しか開かない扉、随分と汚れている。夜叉の泣き声のような、耳障りな軋みとともに、ゆっくりと扉が開く。古刹の、時の錆びたような香りが吹き込んで顔を洗い、鼻腔を鶯色に染める。
敷石を歩く。砂利を踏む音が夜闇に静かに沈んでいく。崩れかけたその山寺の階には白い影。白一色の服を着た面長の女が、ゆるりと腰掛けている。
女が、口を開く。静かな夜がよく似合う、鈴虫のように涼しげな声で。
「お久しぶり。遠いところから、よくいらっしゃって」
「……どなた? 暗いもんで何も見えなくて」
「あら、そう。声で分からない?」
「なにも聞こえないのでなんとも……」
「こうやって話せているのに、聞こえないと。不思議なことをおっしゃいますね」
女はカラカラと笑った。
「双子のお姉さんのことは覚えてる? どんな面でも勝り、太刀打ちできなかった姉。まさか忘れてはいないでしょ」
「……全く敵わなかったわけじゃない」
「確かに」
「一つ抜いた」
「そして全てを失った」
「その通り」
「でも、今は全てを奪っている」
「永劫に」
「……人形劇も疲れる。この辺りでやめておこう」
綻びた玩具は縁の下に捨てられた。新しい玩具は、中古とはいえ、のり心地もよさそうだ。感謝しかない。前の持ち主が来世までも幸福に満ちた人生を送れるよう、祈った。
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