5.如月【千景】

2/5
184人が本棚に入れています
本棚に追加
/50ページ
 部室に入ると、勧められるがままに中央にある机を挟んで桐原と相対する。と、向かいの椅子で腕を組んでじっとその様子を見ていた彼がふいに破顔した。 「……何か」 「……いや、まさか本当にうちに来てくれるとは思わなかったから。最初に会ったあの様子じゃ絶対に無理だと思ってた」  どこか感慨深げにつぶやいて、それからつと真顔に戻ると千景を改めてまっすぐに見つめる。 「──貫井先生のおかげかな」  この男が、かつて貫井とどんな会話を交わしたのか、千景は今も知らない。いまさら知ったところでどうなるわけでもない。  ただひとつはっきりと分かっているのは、貫井が千景を拒んだという事実、それだけだった。  ──一度だけでいいんです。俺のこと、恋人として抱いてください。  あの日、振り絞るようにして口にしたなけなしの懇願を、けれどとうとう貫井は聞き入れてはくれなかった。ふるえる指先で彼の手を取った千景の手をそっと押し戻すと、床に力なく座り込む千景をひとり残して生徒指導室を出ていった。  ──……萱島──俺は……。  あのとき、彼が最後に何を言おうとしていたのか、千景に何を伝えようとしていたのか、それを知り得ないことだけが心残りだった。 「……何があった?」
/50ページ

最初のコメントを投稿しよう!