5.如月【千景】

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 あまりにも愚かしい交換条件と引き換えに貫井を失った今、千景に残された道はこの新天地で結果を残すことだけだった。進学を心から喜んでくれた母親や、仕方ないな、と苦笑しつつもおのれのわがままを許してくれた就職先の上司への恩に報いるためにも、この先少しでもいい成績を残したい──その一心からの質問だった。 「──それを知りたいなら、今から貫井先生に会いに行け」 「……そのことはあなたには関係ないと、確か以前にもはっきりと申し上げたはず──……」  だから、次に桐原が口にした提案に、千景は思わず立場も忘れて目の前の男に突っかかった。そして、言ってしまってからおのれが今、彼に貫井との関係を暗に知らしめるような発言をしたことに気付いて慄然とする。 「……そんな顔するなよ。大丈夫。俺は知ってたよ、最初からおまえたちのこと」 「……どうして……」  呆然とする千景にさあ、どうしてだろうな、と笑顔でそらとぼけてみせてから、桐原がもう一度、行って来いよ、と千景を促す。 「本当は、おまえにはぎりぎりまで知らせずにいようと思ってたけど、でもやっぱり後味が悪いから先に言っておく。──貫井先生、もうじきあの高校からいなくなるぞ」 「……え……?」  一瞬、いなくなる、という言葉の意味が追い付かず頭が真っ白になる。けれど、続けてこみ上げてきた強い衝撃に、千景はただすがるように目の前の桐原を凝視した。
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