2.睦月【貫井】

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「はい、もちろん。だからこそ、あなたに──貫井先生にも彼らのすがたを見ていただきたいと思いまして。……ああ、ご心配なさらずとも、顧問の梁川(やながわ)先生にはちゃんと許可を得ています。実は私、ここの弓道部のOBでして」 「……ああ、そうなんですか。そういうことでしたら行きましょうか」  態度はあくまで控えめでありながら、いつの間にか彼のペースに完全に空気を支配されているのを感じつつ、貫井は操作中だったフォルダを保存してからパソコンを閉じる。  ロッカーに掛けてあったコートを白衣のうえから羽織って、先に外に出ていた桐原のもとへ向かうと、それに気付いた彼が貫井を認めて何故かおかしそうに笑った。 「……何か」 「いえ、すみません。笑ったりして。ただ、梁川先生に聞いていた通りだなあって思って。貫井先生を見つけるなら白衣を探せ──トレードマークなんですね」  よく似合ってます、とまんざらお世辞でもなさそうな口ぶりで付け加えられて返答に窮する。そんな貫井の困惑を見て取ったのか、桐原が行きましょうか、と場をとりなすように穏やかな声で先を促した。  前を歩く彼のあとに続きながら、そんなにたいそうなものじゃない、とふいに苦い思いがこみ上げる。大学で化学を専攻し、そのまま教職に就いた貫井にとって、白衣とは単なる仕事着であり、職場における言わば制服のようなものだった。  だが、あるときふと気付いたのだ。──これは自戒であり、牽制なのだと。
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