なにごとも慣れればなんてことはない。

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なにごとも慣れればなんてことはない。

 いま鶴橋はいきなり迫られた、最初の頃の俺と似たような感覚を、味わっているんじゃないだろうか。突然すぎるのって、本当に対応に困るよな。  だけど散々振り回されてきたんだし、ちょっとくらい慌てさせてやっても、罰は当たらないはずだ。 「雨降って地固まる、って言うけど。ちょっとそこ! 展開早すぎるよ!」 「ん? あ、光喜」 「あ、じゃない! なに本領発揮しちゃってんの」  大きなため息と呆れたような声に振り向けば、廊下の先に光喜が立っていた。視線が合うと、ガックリと肩を落としてうな垂れる。 「慌ててオタオタしてる勝利が可愛かったのに!」 「そりゃあ、悪かったな」 「でも! まだ諦めてないから!」 「どんだけ前向きなんだよお前」  ビシッと、指先を差し向けてくる光喜に、思わず吹き出すように笑ってしまう。しかし散々振り回されているけれど、なんだかんだと光喜のおかげで、煮詰まっておかしなことにならなかった気がする。 「鶴橋冬悟! 勝利を手に入れたと思って安心していられるのもいまのうちだからね!」 「えっ? あ、はい」 「……鶴橋さん、なに返事してんだよ」 「あっ、すみません」  高らかに宣言した光喜に、律儀に返事をする鶴橋は、あんまり状況を理解していなさそうだ。  だけど目を瞬かせている、その顔が可愛くて、目の前の身体を思いきり抱きしめてしまった。 「やっぱり俺よりガタイがいいし、抱き心地がいいわけではないな」 「あ、あの笠原さん?」  慌てたような声を上げる、鶴橋の反応に下からのぞき見れば、また不安げな顔をして見つめ返される。けれどその顔に俺は満面の笑みを返した。 「まあ、それも慣れだよな。うん、鶴橋さんもこういうの慣れて」 「わか、りました」 「俺は一途だよ。でも嫌になったらはっきり言ってくれていいから」 「それはないです。自分だって一途ですよ。言いましたよね、自分が振られることがあっても振ることはないって」 「ああ、そうだった」  おずおずと身体に腕が回される。そうすると体格差があるから、俺のほうが抱きしめられているみたいになるのだが。  いままでの受け身ばっかりの時とは、気持ちがちょっと違った。
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