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百人目の男
修飾語はもう、かったるい。ここは拘置所で、連れ出される人間と連れ出す人間がいる。それだけだ。
刑場へ向かう我々を立ち並んで見守る男性警官たちの目線はピリついており、視線を受ける側としてはやはりいい気はしない。連れ立って歩く伍島は、おそらくそれをわかった上で、いやに明るく話しかけてくる。
「なあ! 今どんな気持ち? どんな気持ちだよ、なあなあ」
「とても悪いです」
「だよなあ! お前の一番嫌いなタイプ俺みたいなのだもんなあ! あはははははは」
これから死刑が執行されます、と告げた時の伍島の顔は、これまで私と相対した中で一番輝いていた。軽薄な顔立ちと日焼けした肌にぴったりの、真夏の太陽のような笑顔。
「今の気分は最悪ですけれど、もう伍島さんの顔を見なくていいんだと思えばすっきりします」
温度のない廊下に響いた私の声は、いつも通りだった。死刑執行前という特殊な状況にあって、焦りも震えもしなかった。
「……あー、そうかよ! 俺だって、お前のスカした顔見なくて済むんだと思えばいい気分だよ!」
ヘラヘラした笑顔を引っ込めた伍島が声を荒げても、私が何を言っても、周りは静寂を保っていた。暴動が起こらない限りは手出ししないらしい。私と伍島を繋ぐ手錠が千切れることは万に一つもないだろうから、安心して話を続けよう。
「伍島さん、もしかして怖いんですか」
「は? 怖くねえし」
「私はね、怖いですよ。人間が人間の命を、法の下に奪うわけですから」
伍島は黙っている。カツカツと靴音を立てて、我々は進んで行く。
廊下が永遠に続くわけもなく、意外とあっさりドアが見えてきた。話せることはそう多くないだろう。
「『それが正義』と、多くの人の思想に強く印象付けることになるわけですから、私はそれが怖い。命が消えるという事実よりも」
「あんたはそう言うと思ったよ」
伍島は憎々しげに吐き捨てた。ピタン、廊下に唾が散る。感情も、物理的にも汚い。だが顔を顰めたら負けだ。男に屈してなるものか。
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