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剥がれた青
剥がれた青、きしむ金属音。桜もこごえる寒空の下。古ぼけたブランコに揺られながら。 ふわり、と一瞬。肩に暖かい重み。せつなかった。三月の終わり。二人、揺れていたね。
誰といても孤独だった。君だけがずっと私の恋人なんだと。辛い時、思い出すのはいつも君。君を想わない日なんてなかった。
あの時も、君を思い出して。桜にもたれて泣いていた。君と見たこの桜、あのお花見、私のお弁当。桜の季節が来ればまた、あの公園で。特等席のすべり台の上で、私のお弁当を君が「おいしい」と言ってくれる ……そんな気がして。滲むディスプレイに「会いたい」と入力したのは、紛れもない、私自身だった。
君はあの時より固い表情をしていたね。揺れるブランコも静かになって、こごえる時間がただ過ぎていく。
「寒いね」
沈黙が続くのが嫌で、どうでもいい言葉を口にした。……あれ?なんだか懐かしい響きだった。忘れていた思い出の蓋が開きそうになった時、隣のブランコが一つ鳴いた。君は立ち上がって、自分の上着を、私に。ふわり。こんなこと、前にもあった。思い出の蓋が開いて、忘れていた記憶が涙と共に溢れた。
一緒にいすぎて、会話が途切れるといつも「寒いね」でつないでた。放課後、毎日夜景を観に登った丘でも、桜舞い散る月明かりの中でも、……涙も凍るようだったあの日だって、「寒いね」私がそう言えば、君は何も言わずに自分の上着を私の肩にかけてくれたね。 ふわり、と。いつも、いつも……
そういうベタな気遣い、変わってないのね。暖かい肩の重みを感じながら、君は君のままだったことを知った。涙をこらえようとしたけど、だめだった。だって、思い出したの。
「四年後、迎えに行くから。待ってて」
君がくれた約束。あの日、別れを告げられて泣きじゃくる私にふわりと上着をかけてくれて。
「迎えに行くから」
静かな夜に浮かぶ君の言葉。
「待ってて」
私は待てなかった。
辛さから逃れたくて、他の人のところへ行ってしまった私にはもうとっくに、君に迎えに来てもらう資格を失くしてしまっていたんだね。
涙を散らそうと、力いっぱい揺らしたブランコを私は、止めた。私がこのまま揺れていては、君を困らせるだけだから。
「ありがとう、帰ろう」
夕空に黒くなった桜を背にした。君はすぐには立ち上がらなかったね。ねぇ、君も揺れていたの? 私があの時、声に出しかけていた言葉を伝えれば、君はすぐに手をつないでくれたの?抱きしめてくれたの?君はすぐに表情に出る方だから。見つめ合えば分かったかもしれないね。涙に濡れた顔を見せたくなくて君の顔を見れなかった私には、もう知る由もないけれど。君よりも好きな人になんて、この先きっと出会えやしない。揺れる君への想いを抑えつけて、今年もまた、桜の季節を迎えたの。
あれから私はブランコを避けている。剥がれた青を目にすると……きしむ金属音を聞くと……心まで、揺れてしまう気がして。
《終》
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