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きわ美を驚かせたのは久保田だけでは無かった。なんといつも半月遅れ常習犯の持田が、月末にきっちりと提出したのだ。と言っても担当4人の中の1人、市川さんのケース記録だけだったが。
いつもの力強い筆圧のある文字で市川さんの様子が書かれていた。市川さんのケアプランは『褥瘡予防』だった。2時間おきに体位変換し、それを行った介護師が市川さんの枕元に置いてあるチェック表にチェックをするだけである。それに寝たきりなので行事やクラブ活動にも参加されないので書く事も無い。逆に書く事が無さすぎてページを埋めるのに苦労してしまうパターンである。
しかし、ページは埋まっていた。
〇月△日……朝の挨拶をすると目を動かされた。
〇月□日……歌を歌って差し上げたら少し唇を動かされたように感じた。
そして最後に、
『毎日話し掛けていたら段々表情が出てきた様に思う。これからも機会あるごとに声掛けを続けていけば表情も豊かになるのでは無いだろうか。もしかしたら話せるようになるかもしれない。いや、それまで私は続けたい。市川様が笑顔を見せてくれるその日まで』
記録としてはダメ出ししなければならない部分満載である。記録者個人の思いや想像はいらない。しかし持田は毎日市川さんに親身に接している事は良く分かった。今までの記録は「入浴された」とか「家族の面会があった」とかしか書かれていない。中々持田の記録は面白い。
まだケアプランの変更時期では無いが変えてみたいときわ美は思ってしまった。
「声掛けのケアプランにしようか、レクリエーションに参加してもらうのもいいかも……」
勿論褥瘡予防も続けなければいけないが、そこにプラスしたくなった。
担当者が替わると違うものだ。苦痛なケアプラン作りも何だかワクワクして来た。
きわ美は早速市川さんのケアプランの原案を作り始めた。夕方引き継ぎが終わったら持田を呼んで話をしようと思う。それも何だか楽しみであった。
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