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お婆さまたちの歓声に手を振って応えると若宮はいつものクールな表情のまま腰を振りながら躍り続けた。この姿に長谷部も満面の笑みで手を振り「若宮クン上手よ~」と声援を送っていた。
長谷部だけでは無い。今日は寝たきりの利用者さんたちもドクターストップの掛かっていない人は全員食堂に出てきてもらった。普段無表情な方も目を見開いていつもと違う雰囲気を感じていた。勿論若宮ファンの利用者さんは涙を流しながら喜んでいた。
宴の後、居室に戻った長谷部は、また若宮にお姫様抱っこでベットに戻してもらった。さっきと違い今回は若宮の体に手を回し、すっかり頼りきって介助されていた。まるで王子様に抱かれたお姫様のように。見詰める瞳も少女のようだった。また1人、若宮ファンが増えた。
「長谷部さん、喫茶会いかがでしたか?」
「凄く楽しかったわ。今まで行かなくて勿体無かったわ。次も是非参加させてね」
「喜んでもらえて良かったです」
長谷部に元気になってもらいたくて介護師さんと企画をした今回の喫茶会。もしかしたら尚更寂しい思いをさせてしまうかもしれないと不安だったが、きわ美は介護師のパフォーマンス能力を信じ決行した。案ずるより産むが易し、介護師、特に若宮の力業で大成功に終わった。
数日後、長谷部の退所の日になり、少し日に焼けた息子夫婦がお迎えに見えた。
「母さん、写真見るかい?」
「もう出来たの? 早いわね」
昔の人は写真は写真屋さんに出して何日かしないと出来上がらないと思っている。
お孫さんの結婚式の写真を見た長谷部は「介護師さんも見て」と職員にも見せてくれた。
真っ青な空を背景に、真っ白なウェディングドレスのお孫さんがブーゲンビリアの咲き乱れる中、旦那様とキスをしている写真だった。
「まあ恥ずかしい。私行かなくて良かったわ。目の前でこんな事されたら心臓止まっちゃうわ」
そう言いながらも嬉しそうに写真を眺めていた。
「あなたたち、ハワイ楽しかった? 私もね、凄く楽しかったわよ!」
母親1人残してハワイへ行ってしまった罪悪感で大人しかった息子さんも、何故かニコニコしている母親を見て安心したようだった。
「皆さんで食べて下さい」と息子さんはハワイのお土産をきわ美に渡そうとした。「受け取らない事になっています」と断るが「幸せのお裾分けです」と言われ、返すのも悪いと思い受け取ってしまった。お土産はハワイ名物マカダミアナッツチョコレートだった。
新婚さんのように甘くて幸せな味がした。
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