老人ホームあるある②

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 しばらくしてコールを押す事も出来なくなり、助けを呼ぶ声も出なくなってきた。しかし痛みが無くなった訳では無い。  介護師たちは呼ばれなくなり仕事もはかどるようになったが介護師が行き交うその横で富岡さんは苦しんでいた。  きわ美が夜勤の日だった。富岡さんはもうここ何日か、食べる事も出来なくなっていてすっかり骨と皮になってしまっていた。申し送りでも「いつどうなってもおかしくない」と看護師が言った。ナースステーションにはエンジェルセット、亡くなった後の処置に使う脱脂綿などが分かり易い場所に置かれていた。相談員さんは「ご家族は明日じゃなきゃ来れないそうです。なので今夜は何とかもたせて下さい」と無茶な事を言った。  きわ美は巡視の合間、時間があれば富岡さんの所へ行った。息をするのさえ苦しそうだった。ただ側にいる事しか出来なかった。 「富岡さん、明日にはご家族が来ますよ」  そう言ってそっと手を握る事しか出来なかった。  朝になり、きわ美の夜勤は終わった。    夜殆ど寝ていないきわ美は家に着くとすぐにベットに入り眠りについた。疲れていたのか、そのまま朝まで寝てしまった。    明け方きわ美は夢を見た。  富岡さんが輝くような笑顔で現れた。  そう言えば最近富岡さんの笑顔なんて見ていなかった。いつも痛みに耐える苦しそうな顔しかしていなかった。  やっと痛みから解放されたんだ。良かったね……。  次にきわ美が出勤した時、富岡さんのベットは空だった。 「ご家族がたくさんみえて、みんなで富岡さんを囲んで手を握ったり体をさすったりしてくれてたよ。家族に囲まれて、富岡さんは旅立ったよ」  きわ美は富岡さんが自分にお別れの挨拶に来てくれたのか、それともただの夢だったのか、20年経った今でも分からない。けれど夢の中の富岡さんの笑顔だけは今でも鮮明に残っている。
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