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老人ホームあるある②
老人ホームや病院などでよく聞く噂の一つ、「出る」と言うお話。幸いな事に20年以上老人ホーム勤めをしているが、きわ美は遭遇した事は無い。
夜中に足音がするというと殆どが夜間徘徊の利用者さんだし、変な声が聞こえるといえば利用者さんが睡眠時無呼吸で苦しがっていたとか、その程度だ。
実際一緒に働いていた同僚にも見たという人はいなかった。霊感のある同僚もいたが、職場では見ないと言っていた。
自分が勤めている施設だけがそうなのか、他の施設もそうなのかは分からないが、噂される程老人ホームは怖い所では無いらしい。
そんなきわ美にも不思議な体験があった。きわ美がまだ熱血介護師だった頃の話だ。
富岡さんというリウマチを患っている女性利用者さんがいた。リウマチは骨が壊れていく難病で、かなり痛いそうだ。
富岡さんも大分進行されていて身体中の関節が変形してしまっていた。そのため全てにおいて介助を必要とするが、介助の際体を動かしたり、痛みのある関節などを動かしてしまうとかなりの苦痛を伴う。布団の重みさえも痛みの原因となるので、布団が直接体に掛からないように"リヒカ"と呼ばれる介護用品を使っていた。リヒカは筒を半分に切ったような半円形の物で、それを足を覆うように設置し、その上から布団をかぶせれば直接布団は掛からないという物だ。
痒いところがあっても自分でかけない、喉が渇いたのに自分で飲めない、痛みが酷くなってきたので薬が欲しい……。富岡さんは常時コールを握りしめ、体に押し付けコールを鳴らす。痛くてコールを押せない時は「お願いします」と声を出し介護師を呼ぶ。
かなり頻繁にコールを押すので介護師にとっては大変な利用者さんではあった。特に痛みの訴えが頻繁にあり、前回薬を使用(痛み止の座薬を使用)されてからあまり時間が経っていなくても痛みを訴える。「まだお薬は使えません」と言っても訴え続ける。
介護師によっては「まだダメです」とだけ言って去ってしまう人もいた。確かに矢鱈に薬を使えず、訴えられても困ってしまう。
だがそんな富岡さんをきわ美はほっておけなかった。
薬はまだあげられない、でも痛がっている……。きわ美はベットサイドに腰を下ろし「痛いですか? 大変ですね」と体をそっとさすった。冷やせば楽になる時はタオルを濡らしてきて当ててあげた。
そうしながら話をしていると落ち着いて眠ってくれる事もあった。
そんなきわ美を他の介護師は「富岡さん係」と呼び、訴えが頻繁な時はきわ美に任せて他の仕事に行った。他の介護師さんに悪いと思いながらも富岡さんをほっておけなかった。
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