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006
「あら、皆さんお揃いで。おはようございます」
目覚めた和泉さんの第一声は、これだった。
何事もなさそうに言う和泉さんに一同、唖然とする。
「あの、お嬢様、大丈夫ですか?」
「何が?」そこで和泉さんは自分の手が真っ赤なことに気がついて叫んだ。「なんじゃこりゃあ!? っていうか頭イッタイ! なにこれウケる!」
ウケるのかよ。
どうも見た目のわりに元気そうだった。
「何があったのですか?」春道さんが訊いた。
「何がって……。あれ、何があったんだろう? 何かを踏んづけてすっ転んだような気がするんだけど……。うーん。うーん? ……ダメだ、思い出せない!」
「記憶喪失だ!」と周防が言った。「頭を打って記憶が飛んだんだよ。絶対にそうだよ!」
周防は目をキラキラさせている。不謹慎なことに、記憶喪失なんていうレアな体験を前にして興奮しているらしい。
「おまえなあ……」
ぼくが注意しようとしたそのとき、和泉さんが「あー!」と叫んだ。
今度はいったいなんだ?
「誰? プリンを勝手に食べたのは!」
和泉さんは床に転がっている空きビンを拾って言った。改めて周囲を見てみると同じような空きビンがいくつも転がっている。
「これはこのパーティーのために取り寄せた高級プリンなんだよ。これを景品にして戦おうと思ったのに……。犯人は誰だー!」
高級プリンってビン詰めなのか。
いやいや、いまはそんなことどうでもいい。和泉さんはケガ人だ。ふつうに立ち上がって集まっている人に「犯人は誰だー!」なんて詰め寄っているけれど頭は血だらけだし、記憶障害が出るほど強く打ったのなら早く病院で診てもらったほうがいい。ぼくはそのことを告げようと春道さんに話しかけた。
「あの、春道さん」
「ええ、わかっています。すでに専属のドクターに連絡を入れましたし、病院までお連れするための車も手配しました」
おお、いつの間にそんな手回しを。どうやら春道さんはできるメイドさんらしい。
「あとはお嬢様を連れ出すだけです。手伝っていただけますか?」
「もちろん」
ぼくが返事をすると春道さんは暴れ回っている和泉さんの背後に近づき、そしていきなり、首のあたりをストンと叩いた。その瞬間、和泉さんが膝から崩れ落ちる。
ぼくは目を丸くした。
どうやら春道さん、和泉さんの意識を手刀ひとつで奪ったらしい。
まるで映画か漫画のように。
「何をしているのです? 早く運ぶのを手伝ってください」気絶した和泉さんを抱えながら春道さんが言った。
「『何をしているのです?』はこっちのセリフだ!」ぼくは慌てて言う。「何してくれちゃってるの! キッチンに集まったみんなもポカンとしているよ!」
「ああ、これですか。じつはお嬢様は大の病院嫌いなんです。病院に行きましょうなんて言っても従ってくれないどころか、ヘタしたら暴れ回ります。だからお嬢様を病院にお連れするには、これが安全で最善の方法なのですよ。わかりましたか? わかったのなら早くお嬢様を運んでください」
「本当かよ……」
絶対ウソだよ。
とはいえやってしまったものは仕方がない。
ぼくは春道さんの言う通りに和泉さんを背負った。
和泉さんのぬくもりを背中で感じ、こんな状況なのにドキドキしてしまったが、ぼくは平静を装う。
「それではわたしたちはお嬢様を病院に連れて行きます。皆さんは……」
「わたしたちはここで待っていてもいいかな?」答えたのは周防だった。
「それは構いませんが」
「ふたりが戻ってくる前に暴いておくよ。この事件の真相を!」
「どの事件を暴いておくって?」嫌な予感を感じながらぼくは訊ねた。
「聞いていなかったの? 鏡ちゃんはプリンを盗み食いした犯人を捕まえてほしいって言ったんだよ? それが鏡ちゃんの最期の願いだったんだよ? そのためにダイイングメッセージまで残して……。だからわたしが、その願いを叶えてあげなくっちゃ!」
だから、人を勝手に殺すんじゃない。
嫌な予感は最高潮だったが、和泉さんを運ぶことが先決だった。
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