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008
「おかえりなんだよ。そしてナイスタイミング。約束通りプリンを盗み食いした犯人を特定しておいたよ!」
キッチンに戻るとさっそく周防が騒いだ。周防に質問攻めにされたのだろう。持統さん、猿丸さん、赤染さんの3人はげっそりとしている。
こうなると周防は止まらない。
「もうわかったのか?」
「そうだよ。簡単だよ。だから最後まで黙って静かに聞くように!」
周防は早口でまくしたてた。
推理ショーのはじまりはじまり。
「まず何があったのか説明してあげるね。鏡ちゃんがどうやってケガをしたのか。まず、わたしとおっくんが遅れているあいだみんなは自由行動を取っていたそうだね。それは鏡ちゃんも同じで、ふとしたとき鏡ちゃんはキッチンに訪れた。飲み物でも飲みたかったのかおやつでも食べようとしたのか、それはわからないけれどとにかく訪れた。そこで鏡ちゃんは出会ってしまったんだね。プリンを盗み食いしている最中の犯人と。それを見て鏡ちゃんは激怒した。犯人をとっちめてやろうと追いかけた。だけどそのときだよ。床に落ちていたプリンの空きビンを踏んづけて鏡ちゃんは勢いよくすっ転んじゃった。床に頭を強く打って流血しちゃった。それを見た犯人は鏡ちゃんが死んだものと判断してキッチンから逃走。だけど鏡ちゃんはまだ生きていたんだね。薄れゆく意識の中、犯人許すまじという強い思いが鏡ちゃんを動かす。こうして鏡ちゃんは死ぬ直前、犯人の手がかりとなるメッセージを残した。それが血で書かれたこの『100』という数字ってわけ。でもメッセージはそれだけじゃない。みんなは気がついたかな? 鏡ちゃんがピースサインをして倒れていたことに。それも鏡ちゃんが残したダイイングメッセージの一部。つまり『100』とピースサインのふたつが犯人を指し示しているんだよ!」
だから、人を勝手に殺すんじゃない。
周防は続ける。
「さて、じゃあこのメッセージは誰のことを指しているのか。そのヒントはね、ジャーン! これだよ、これ!」
周防はどこから持ってきたのか、箱を掲げた。
和風なデザインの箱。
そのフタには「小倉百人一首」と書かれていた。
「これは鏡ちゃんの部屋で見つけたんだよ」
そう言って周防は続ける。
「そもそもわたしたちが鏡ちゃんに呼ばれたのはなぜか。どういう共通点があるのか。それは百人一首の詠み人にあったんだよ。わたしたちの名字、周防も持統も猿丸も赤染も春道も和泉も、百人一首の詠み人の中に含まれている。いないのはおっくんだけ。だからおっくんは趣旨とは違うって言われたんだね。ちなみにこれは余談だけど、鏡ちゃんがパーティーでやろうとしていたのはかるただよね。詠み人と同じ名前が含まれているわたしたちを集めて百人一首のかるたをする。新芽ちゃんと鏡ちゃんの話しから察するに、かるたで勝った人はプリンが貰えるっていう寸法だったんじゃない? これが鏡ちゃんの思いついた戯れだったんだね。鏡ちゃんが発表する前に当てたからこれでわたしはプリンゲットだね! まあそれは置いておいてこの百人一首だけどね、歌番号があるんだよ。1番から100番までそれぞれの歌に番号が付いているってわけ。それと組み合わせてわたしたちの名前にある詠み人を言うとね、
67番、周防内侍。
59番、赤染衛門。
56番、和泉式部。
32番、春道列樹。
5番、猿丸大夫。
そして2番、持統天皇。
もうわかったでしょう?
『100』という数字とピースサイン。意味は、百人一首の2番。つまりプリンを盗み食いした犯人は、持統天奈ちゃんだよ!」
「はい、そこまで!」ぼくは間髪入れずに言い放った。
なるほど、なんて思わせるものか。
これが真実だなんて、信じさせてなるものか。
「なんだよおっくん、また何か文句があるの? わたしの完璧な推理にまだ何か文句があるのかな?」
「あるよ。大ありだ。少なくともプリン盗み食いの犯人のほうにはな」
ぼくは春道さんを見たけれど、それはあなたの仕事でしょうとばかりに見つめ返された。この事実に気がついたのは、和泉さんの文字に熟知している春道さんなんだけれどね。
それではぼくが、この物語につまらないオチを付けるとしよう。
「和泉さんが残した『100』という数字だけど、『0』の継ぎ目はどこにある?」とぼくは言った。
「『0』の継ぎ目?」
数字を見つめた周防は、やがて「あっ」とつぶやいた。
「そう。ふつう『0』は上から書きはじめてぐるっと円を描く。だから継ぎ目のあるほうが上というわけだ。それでわかる通り、この数字は『100』ではなく」
「……『001』?」
「その通り。和泉さんと数字の位置関係から『100』だと思い込んだけれど、本当のメッセージは『001』だったんだ。たぶん犯人が倒れた和泉さんを動かしたんだろうね。当然引きずったあとは血痕で残っただろうけれど、みんなが和泉さんの周囲に集まった時点でそのへんは荒らしちゃったから、わからなかったんだ。というわけで、周防の推理は根本から間違っているんだよ」
一同、沈黙。
そして、周防が言う。
「間違えちゃった、てへっ」
持統さん、猿丸さん、赤染さんがずっこけた。
春道さんは少し楽しそうに微笑んだ。
そしてぼくはと言うと、安堵していた。
周防美々が作り出したそれっぽい物語を潰せたことに。
誰かが犯人に仕立て上げられる、邪気たっぷりな物語をひっくり返せたことに。
「そのためなら真実やらカタルシスなんて捨ててやるよ」ぼくは静かにつぶやいた。
かくして物語は「001(振り出し)」に戻る。
周防美々が、その口を閉ざすまで。
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