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『はい。そうですか……そんなことが。ご連絡ありがとうございました――』  夕方、俺の勤務先に保育園から電話があった。  娘が園の男児に噛みついた、という内容だ。担当している保育士の話では、食事前、手を洗うために水道の前で列になって待っている間の出来事だったという。  件の男児は、度々娘に対して差別的(・・・)な発言を繰り返しており、普段は黙って耐えている娘が珍しく真っ赤な顔で何かを言い返すと、男児が娘を軽く押し、その直後に男児の腕に噛みついた、という顛末だった。 『娘はその男の子に、何を言われたのでしょうか?』 『私も気になって、お嬢様に訊いてみましたが、泣くばかりで全く話してくれませんでした……』  申し訳ありません。そう保育士は電話越しに謝る――先に手を出した男児も、噛みついた娘も、等しく悪いのだということを充分に言い含め、子供同士では互いに「ごめんなさい」が言えたということだった。 『その旨を、お迎えにいらしたおばあさまに伝えたのですが……』  その場で激昂して、あろうことか皆の前で娘を罵倒したらしい―― 『直ぐに園長がお嬢様を別の部屋に連れて行き、おばあさまには事の顛末を丁寧にお伝えしたのですが、腑に落ちていない様子でした。本来でしたら、この程度のことではお電話を差し上げないのですが、先方のおばあさまのご様子もそうですが、お嬢様の気持ちが心配で……予めお耳に入れておこうと思いまして、失礼を承知で勤務先にお電話を差し上げました』  ICU勤務の看護師だった俺は、彼ら親子との生活を始める前に、意を決して退職願を出した。すると、比較的時間の融通がきく診療科の外来への転属を打診され、現在はそこで勤務させてもらっている。従って、娘の送迎は俺が担当しており、緊急連絡先も然りだ。  今夜は、娘の大好物を作ってやろう! きっと、落ち込んでいるだろうから。そして、理由はともあれ『噛みついた』ことだけは、「もう一度、一緒に謝ろうな」と丁寧に話すつもりだ――
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