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「先生、おかえりなさい」
概要は、メールで簡単に伝えていた。珍しく早めに帰宅したのは、その為だろう。かなり無理をしたはずだ――しかし、急患や急変患者が出た場合には、直ぐに呼び出されるのだが。
「迷惑を掛けたな――すまん。で、はるは?」
はるとは、俺達の娘、遥の愛称だ。
「もうとっくに寝ました。少し元気がなかったけど、はるの好物を作って、一緒に風呂に入り、ゆっくりと話を訊いたのですが――」
どう伝えれば良いのだろうか? 「おにいちゃん、『ほも』なの? パパも? それって、わるいことなの?」と訊かれたなんて、日々多忙な勤務を強いられている、救急救命医の彼に伝えても良いものだろうか……?
「取り敢えず、押されたから噛みついたということで、先に手を出したのはあちらのようです。明日、保護者の方には俺から謝っておきます。心配いりませんよ」
黙って話を訊いていた彼は、「僕が出て行かなくても大丈夫か? きみにだけ、いつも負担を強いているようで申し訳ない」と言いながら、そっと俺の頭を撫で、一瞬間ギューッと強くハグしてきた。
彼らとの出逢いは、約4年前。
大学の看護学部を卒業後、付属の大学病院に就職し、俺が最初に配属されたのはICUだった。そこで責任者だった医師の彼は、人間性豊かで腕も確か、齢30手前という若さでICUの室長に抜擢されるのは異例らしい。誰からも信頼され、尊敬に値する素晴らしい人物だ。即戦力にならない新卒の俺を、先輩看護師たちと共に叱咤激励しながら、一人前の看護師に育ててくれた。
妻に病気で先立たれ、1歳の娘を病院職員用の保育室に預けながら、医師として働く姿は痛々しく……お節介を承知で、俺が時間のあるときには、はるを迎えに行き一緒に過ごした。俺には歳が離れた弟と妹がいて、子供の面倒を見るのは、全く苦にはならなかったのだ。
その後、俺がゲイだと知ると、自分はバイであると告白してくれて――様々な葛藤を乗り越えた末、今の生活に至って既に1年経った。
俺たちは、公的に認められている関係だ。その事と、衆目の感情との間にまだまだ隔たりがあることは、承知している。しかし、大人が子供に対して偏見を押し付けるというのは、如何なものだろうか……?
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