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八話目 「自殺をやめた理由」
失恋した。
女は真夏のデートの帰り、5年付き合った彼氏から別れを告げられた。別の、好きな人と付き合うらしい。
女は憔悴し切っていてこの世に生を受けたことにすら絶望していた。
社会の、人々の、幸福が疎ましかった。
――どうして自分だけ――
何があってもそう意識してしまう。
暗く濁った感情が胸を満たして渦をまく。
女が自殺を考え始めるのに、そう時間はかからなかった。
気付くとネットで楽な死に方を調べている。
フラっと出かけたと思うと、踏切の前まで辿り着いている。
脳が自身を終わらせることしか考えていなかった。
とうとう樹海や高架の"名所"まで行くようになる。
だが、それでもやはり死ぬのは、怖かった。
飛び降りようとすれば足が硬直する。
首を吊ろうとすれば踏み台を蹴り飛ばせない。
何も見えなくなるのが、何も聞こえなくなるのが、何も感じられなくなるのが恐ろしくて堪らなかった。
でも常に死への願望が全身に堆積していく。
そんな暮らしが一ヶ月続いた。
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