八話目 「自殺をやめた理由」

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そして、二ヶ月目に入ろうかというある日。 女は某県にある"名所"の森を訪れた帰り、最寄りの駅で少ない本数の電車を待っていた。 日が落ちて、田舎なこともあり都市へ向かうこちら側のホームには人が彼女以外いなかった。 ベンチに座り、自販機で買った水で喉を潤す。 周囲に田畑しかないような土地だが、街中と比べればまだマシ、というだけで夏は酷暑だ。 無風の構内はじっとりした湿気で満ちていた。 自殺どころではない。失恋直後より、わずかだが心身の調子が戻りつつあった女だったが、脳裏には電車が来たら飛び込もうか、と思考を巡らせてもいた。 女の左側、電車が来るはずの方角をぼーっと眺める。 ホームの端、自殺防止用に設置された青い外灯に蛾やら蝿やらが意味もなく乱舞していた。 その下、灯りの柱が伸びている、かに見えた。 女は、目を細めて焦点を合わせた。黒い柱に被って細い輪郭が浮かび上がる。 黒黒した布地に、首元の白のリボン……? 学生服だった。それも数十年は前と思われる、古臭いデザインの女子制服。ただ…… 服だけが、浮いている。 女は思わず口を両手で塞いでしまった。 息を、潜める。眼球だけが動ける。 頭、首、腕が見えない。 ゆっくり目線を下げると、制服のスカートからは何も伸びていない。あるのは、艶のない擦れた靴だけ。 "とうとう気がおかしくなったか。" 自分の精神を疑った女だったが、夢でも幻でもないことは判断できる。目を疑うような光景が十メートル先で起きているのは確かだ。 長めのスカートの裾がはためく。姿が最初から無いのか、それとも身体が透明なのかはわからない。 けど、もしも、ちゃんと手足や顔が見えたなら、きっと綺麗なんだろう。そんな雰囲気が漂っていた。
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