カワイイ?

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カワイイ?

「あ、このカバン、カワイイ!」  隣からの歓声に、「またか」とうんざりしつつ顔を向ける。あきらの妹、さとりが手にしていたのは、赤系チェック地に白のレースが飾りつけられたショルダーバッグ。小物を入れるには良いが本やクリアファイルを入れるには小さ過ぎるとすぐに分かる。だから。 「ダメよ」  「欲しい」と言われる前に牽制をかける。今日この量販店に来たのは、セールになっていた肌着と靴下を購入する為。都会暮らしの学生の身としては、無駄遣いはなるべく避けたい。第一、あきらの目にはケバケバしいだけにしか映らない鞄など、購入して何になる。しかし、『カワイイ』物に目がないさとりは、頬をぶっと膨らませてあきらに対抗した。 「えー! 何でー!」  それでも、あきらの性格を知っているさとりはすぐに、拗ねたように鞄から手を離す。肩を落として肌着売り場の方へ向かうさとりに、あきらはほっと息を吐いた。  それにしても。さとりは本当に『カワイイ』物が好きだ。呆れたように、心の中で呟く。今日の服装も、襟元と袖口に細かいレースをあしらったカットソーに膝丈の柔らかいフレアスカートという、色こそ地味だが一般的には『カワイイ』で通る格好をしている。持っている鞄も、サテンのリボンがゆらゆらと揺れるデザインのもの。一方、あきら自身は、黒のカットソーとレギンスに緩やかなドレープのジレを羽織った、『カワイイ』とは程遠い格好。『緩やか』は好きだがリボンやレースは遠慮したいあきららしい、服装。同じ顔で同じ髪型、同じ背格好の双子なのに、いや双子だからか、服装の好みはあきらとさとりで全く異なる。  『カワイイ』って何だろう? 真剣に靴下を選ぶさとりの姿を横目に見ながら、ふと、そんなことを考える。レースやリボンやギャザーやタック、そんなものがあれば『カワイイ』が成り立つのだろうか? いやそこまで単純ではないだろう。では『カワイイ』って、一体、何?  買い物の後、やはりさとりにねだられるように量販店併設のカフェでアイスクリームを食べながら、さとりに『カワイイ』について問う。 「うーん、まず『カワイイ』の定義からかなぁ」  数学専攻のさとりらしい答えに、あきらは思わず苦笑した。 「でも『カワイイ』を説明するとなると……」  そこまで言って不意にあきらを見詰めたさとりが、不意に満面の笑みを浮かべる。 「そうだ! あきちゃんも『カワイイ』格好をすれば良いんだ!」  突然の妹の提案に、口にしたアイスクリームを吹き出しそうになる。 「それが良い。そうしよう」  いかにも楽しげな表情のさとりに、あきらは戸惑う他、無かった。  ……一体何を、されるのだろうか?  その、翌日。 「あきら!」 「どうしたの、その格好?」  音楽系の専門学校に登校して来たあきらに、友人達が次々に驚きの言葉を発する。その友人達に、あきらは胸から湧き上がる苦々しげな感覚を何とか堪えた表情を、見せた。  今日のあきらの格好は、膝丈のドレスシャツにレギンス。慣れないスカートを穿くのはさすがに抵抗があったのでレギンスが穿けるワンピースにしてもらったのだが、胸元を飾るサテンのリボンと袖口のレースが落ち着かない。 「カワイイじゃない」 「案外似合ってる」  予想外に贈られるのは、賛辞。その評価を、あきらはひとごとのように、聞いた。心の中にあるのは、違和感。自分が自分でないという、感覚。だから。 「やっぱり私には『カワイイ』は分かんない」  帰宅してすぐ、さとりにはっきりと、そう、言う。あきらの言葉に、さとりはただふふっと笑っただけだった。 「似合ってると思うんだけどなぁ」  そして急に、真顔になる。 「あきちゃんは、あきちゃんらしい服の方が、やっぱり良い」  さとりの言葉に、頷く。『カワイイ』が、周りに高評価を与えることは、分かった。それでも、……好意より、自分らしさの方を優先したい。それが、あきらの偽らざる、感想。  ふと、悟る。あきらに知って欲しいから、さとりはあきらに『カワイイ』格好を勧めたのだ、と。『カワイイ』とは、心に浮かぶ感情と、周りに与える印象だと、いうことを。  無邪気に微笑むさとりに、あきらは思わず渋面を、作った。
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