山科と京都の間

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山科と京都の間

 不思議な音程に、微睡みから目覚める。  外の風景は、(うみ)から灰色の町へと変わっていた。  もうすぐ、あと五分ほどで、あの街に着く。そっと視界を通り過ぎた『山科』の文字を確かめる。あの人が暮らす街に着く。……あの人に、逢える。  山間の田舎町に生まれ暮らしていた自分にとって、大学に通うために居を定めた京都の街は、眩しいほどに都会だった。その街でずっと暮らしていたという、同い年のあの人も。賑やかにしか見えない窓の向こうに、息を吐く。  出会った時からずっと、あの人は私の前を走っていた。それは、今も変わらない。同じ道を進んでいたはずなのに、北陸の田舎町で地味に生計を立てている自分に対し、あの人は、この落ち着いた街でキラキラと働いている。  嫉妬や羨望は、確かに、胸の中にある。だが、その昏い想いよりも強い、『愛しさ』という感情が、この胸で疼いているのも、確か。だから、少し長い休みが取れる度に、私は、北陸から関西へと向かう特急列車に飛び乗ってしまう。……あの人に、会うために。  窓を流れる町並みの速度が、落ちる。  考え事をしているだけで、五分は瞬く間に過ぎ去ってしまう。  もうすぐ、着く。あの人がいる、場所に。  妬心に歪んだ、見苦しい顔をしていないだろうか? 車窓に僅かに映る自分の顔を確かめる。大丈夫。あの人に会える、顔だ。  少し大げさに揺れる車内で立ち上がり、忘れ物がないかどうか、座っていた座席を確かめる。  顔を上げると、連絡した覚えはないのに、何故か駅のホームに佇んでいるあの人の影が瞳に映る。ホームに滑り込んだ特急列車を認め、そして再び俯いたその影に、私は小さく口の端を上げた。
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