或る動画クリエイターの苦悩

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或る動画クリエイターの苦悩

 小さい頃、俺には才能なんかないと思っていた。クラスでも、根暗な奴とか、一緒にいてもつまらない奴と思われていたに違いない。引っ込み思案で自信がなくて、引き篭もり予備軍だった。  そんな俺の人生を変えてくれたのは、とある動画投稿サイトだった。  中学生になり、スマートフォンを手に入れた俺は、当時皆が観ていた動画投稿サイトを見た。其処には、どんな事でも生き生きと、楽しそうに挑戦する大人たちの姿があった。  俺の心は躍った。こんなにも沢山の人を楽しませる仕事があるんだと。その時、俺の心の殻はぱーんと音を立てて弾け飛んだ。  ――俺も、こんな人になりたい!  それが、俺が動画クリエイターになる切っ掛けだった。  それから十数年、引っ込み思案だったあの頃の俺は何処へやら、今ではテレビでも引っ張りだこの超売れっ子だ。投稿する動画も全て100万回を優に超えてくる。つい先日は、某学校で『挑戦する心』という題で講話を行なってきた。 「人生にはいつも、必ず大きな転機がある! それを掴み取り自分の物にした時、人は誰だって幸せになれるんだ!」  講話で俺が叫んだ台詞。しかしそれは、聞いていた生徒達に叫んだんじゃなく、あの頃の俺に叫んだのかもしれない。しかし会場は、大きな拍手と歓喜の声に渦巻いた。「ブラボー!」なんて声まで聞こえてきたものだ。  辛かった時期も多く、貧乏暮らしを強いられていた頃もあったが、今ではそんな事もない。多くの広告料やテレビ・CM出演で年収は計り知れんのだ。そうだ今度、軽井沢あたりに別荘でも買って、友人らと一晩中飲み明かそうかな。  あの頃の俺が見たら吃驚するだろう。そうだ、俺は変わったんだ。莫大な金を手に入れ、明るい友人達を手に入れ、そして美人の彼女まで手に入れた。いや、それよりも……俺は世間から認められる存在になったのだ。俺と一緒にいて楽しい人がごまんといるのだ。世の中に俺ほどの幸せ者が果たしているだろうか。  ところが、俺の幸せは突然に終わりを告げた。  新しく投稿する動画を取っている最中だった。  俺はとある観光地で動画を撮っている際、録画に夢中で誤って足を滑らせ、階段から落ちてしまったのだ。打ち所が悪く即死。ぽっくり逝ってしまった。
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