君のぬいぐるみの僕

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君が一歳の時、君のおうちにやって来ました。くまのぬいぐるみです。僕のことを、君のお父さんが、UFOキャッチャーで拾ってくれました。お父さんは、まさか取れるとは思ってなかったみたいだけど。僕は、君の弾ける笑い声に惹かれて、君に会いに行ったんだ。 君は、周りの人たちが思った以上に、僕を大事にしてくれたよ。朝は「おはよう」で始まって、リビングに行って、一緒にテレビを見て、昼には外に連れ出してくれて、夜は一緒に寝て、おままごとなんかもしちゃったりして。 僕の誕生日には、手編みのちっちゃいマフラーを作ってくれた君。あの冬は、なんでかな。あったかかった。 君は修学旅行にも、ひっそり僕をしのばせてくれました。ハラハラドキドキしたよ。知らないものばかりで、見たことのない世界は、君といたからかなあ。楽しかった。 そのうち、僕の居場所は君の部屋の本棚の上になって、勉強机に向かう君の後ろ姿がよく見えるところが、僕の定位置。遊んでくれることは減ったけれど、君が「おはよう」と「おやすみ」と「ただいま」だけは忘れたことはないよね。 もう、しばらく聞いていないけれど。 僕のそばからいなくなる前の日、君は僕に不安を口にしてくれたね。これから私、大丈夫かな?うまくやっていけるかなって。 うん、大丈夫。根拠?あるよ。 君に友達ができた喜び。 友達とケンカして、仲直りしたこと。 生意気な後輩の愚痴。 その後輩と、打ち解けられたくすぐったさ。 君の失恋。いっぱい泣いた君。 新しい恋。 そして、勉強に励む君の後ろ姿。 第一志望の大学に行けなかった君。 でも第二志望の大学でできた素敵な経験。 社会人っていう響き。 ミスして、悩んでいた君。 素敵な人に出会ったね。 結婚、おめでとう! 僕は、君の全部を、見てきたよ。君と一緒に、ふつうな毎日を過ごしてきたよ。そんな僕が言うんだよ。 自信をもって! 君がこの家からいなくなって、いろんなことが思い出されるんだ。ある時は、君にいいことがあって浮かれていたから、僕も君と喜び合いたくって思いっきり手を伸ばそうとしたら、僕、ころんって倒れてしまったんだ。頭とおしりが重すぎて、僕、起き上がれなくて困ったなあ。そしたら君が笑顔で元通りにしてくれたよね。 君がつらい時は、僕も、本当に悲しかったなあ。自分がぬいぐるみってことを、悔いたもの。ああ、僕が話せたら、君を慰める言葉の数々をつむぎ出せるのに。「問題ないよ」って。 ああ、この手足が動いたら、駆け寄って、君の頭をぽんぽんってするのに。僕は、君のそばにいることしかできなくって、君の背中にこっそり心の中で「しっかりね」って言ったら、君がちょっとだけ元気を取り戻した気がしたんだ。 時々、君は僕を洗濯してくれたよね。僕、シャンプーは嫌いだし、洗濯機の中はぐるぐる目が回るし、苦手なことばかりだったけれど、毛なみがきれいに、ふわふわになる感じがたまらなく好きだったよ。ふたつの耳を洗濯バサミで挟んで、風に吹かれるのは、なんとなく間抜けだけど気持ちよかったなあ。 「ふつうな毎日」が、「懐かしいあの日」になった時から、なぜか、僕、胸がぎゅってなるんだ。 君の元気な顔が見たいよ。僕はいつでも元気なはずなんだけど、ここ最近ちょっとしぼんでいてね。久しぶりに、洗濯機で目を回して、暖かい風に吹かれたいな。おしりのところがほころんだから、ちょっと直してくれないかな?それに、それに、 君の「ただいま」が、無性に聞きたいんだ。 だからさあ、君が大人になったのが、僕、誇らしくって、それでいてちょっと悲しい。 Fin.
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