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「……ごめんなさい」                   私は、目の前の花田君へそう告げる。強めの風が吹いて、頭上の葉桜を大きく揺らした。 そっか……、と呟いて、彼は少し肩を落とした。そして、自身の口元に手をやった後でこう尋ねる。 「もしかして、他に好きな人がいるとか?」 「別にそういう訳じゃないけど」  校門前に私たちの影が長く落ちている。薄暗く静かな五月の空が、物悲しかった。 「でも、俺、魚住のこと凄く好きだから。それ伝えられてよかった。ありがとな」  彼は、少し長めの前髪を触りながら、伏し目がちにそう言った。その仕草によって、ただでさえ高校生にしては小柄で童顔な彼が、より幼く見える。  下校中の他の生徒が時折こっちを見ながら数メートル横を通り過ぎるので、私は声を少しだけ潜めて彼に言う。 「ひとつ、お尋ねしてもいい?」 「何?」 「一体どうして私のことを好きなの?」 「な……、恥ずかしいこと聞くんだな」 照れている彼は、こちらに目をやりながら近くを歩き去っていく他の生徒など気にも留めていない様子だ。 うーん、と人差し指を唇に当てて彼は考える。そして、 「魚住の眼って、いつもどこか不安げに見えるんだ。だからこう安心させてあげたいっていうか……。そう思ったんだ」と答えた。  私は思わずドキリとする。が、冷静なのを装って、「ふうん、なるほどね」と返した。  強くも涼しい風は、私たちの周りで泳ぎ続けており、桜の葉をざわざわと揺らしていた。 「わざわざ時間割いてくれて、ありがとう」 「別に、告白聞くだけなら何も損しないし」 「ちなみに、なんで断られたか理由を教えてもらったりできる?」 「……理由は特にないけど、とにかく、あなたとは付き合えないし、付き合いたいとも思わないの」 「……なかなか手厳しいな」彼は苦笑する。 「あなたと付き合うなんてこと、クジラが空を飛びでもしない限り、起こりっこないもの」 「そんなにあり得ないのか」 彼は半ば驚き、半ば寂しそうに言う。 「でも別に花田君のこと嫌いとか、そういう訳じゃないから……」 「そいつはよかった」花田君は歯をちらりと見せながら笑った。 「あの、本当にごめんなさい……」と私は少し頭を下げる。 「気にしないで。こっちこそ急にごめんな」 「そんなこと……」 「ありがと。じゃ、また明日な」  彼はそう言って顔の横でひらひらと手を振った後で、私に背を向け、歩き出した。 「あ、待って!」  私は思わず、彼のことを呼び止めていた。 「え?」  彼は、きょとんとした表情で振り返る。風が彼の髪を揺らしていた。    私はしばらく空中に言葉を探したが結局、最適解は見つからなかった。 「……ううん、何でもない。また明日ね」 「ああ、また明日な」  向かい風の中、校門前の坂を駆け下りる彼の後ろ姿を、私は黙って見送る。  強い風が、私の胸を無慈悲に吹き抜けていく。視線を下にやると、私の影だけが一つ、ぽつんと残っていた。
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