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「ああもう! なんで断っちゃったんだろう……!」  そう嘆くのは他でもない、翌日の私である。  昼休み。私の通う高校の校舎は、上から見るとコの字型をしている。その内側にある中庭に置かれた大きめの石に腰を下ろして昼食をとるのが、私たち三人の日課だった。 「本当よね。だって京子、花田のことめちゃくちゃ好きなのが普段から滲み出てるもん」  璃子が、長い髪を片手で弄びながら、にやりと笑って言う。彼女は長身でスタイルがとても良い、私の幼稚園からの親友だ。 「……そんなに分かりやすい、私?」 「見てたら分かるよ。ね、綾乃?」 「うん。むしろ、隠してるつもりだったの? 多分私たち以外でも大勢気づい てると思うよ」  同じく親友の綾乃が答える。璃子とは対照的に小柄で髪の短い彼女は、すまし顔をしたまま、弁当を口に運ぶ。  そんな彼女たちに、私は昨日の出来事について、詳しく話したのであった。 「あのね、一つ教えてあげると、クジラっていうのは空を飛ばない生き物なのよ」と璃子。 「そんなことは百も承知なの! ああ……、そうだよね。『あなたと付き合うことは金輪際、絶対にない』って言っちゃったようなものだもんね……」  私はうなだれる。 「でも、それこそ京子はクジラみたい」と璃子が言う。 「えっ、クジラ? 私が?」 「深海に沈んでいるクジラ。光が届かないような暗い海の底でうずくまってるの」 「なるほどね」と興味があるのかないのか分からない相槌を綾乃が打つ。 「でもね」と璃子。「クジラだって哺乳類なんだから、いつかは海面に顔を出して空気を吸い込まなきゃいけないの。そうしなきゃ死んじゃうわ」  痛いところを突かれた気がして、私は「さ、流石は水族館でバイトしてる璃子。詳しいね」と誤魔化すように笑った。 「水族館と言っても、グッズ売り場で、だけどね」と璃子が冷静に言う。 「じゃあ、私もいい?」綾乃が箸を持っていない左手を挙げる。 「何でしょう、綾乃さん」 「京子は、幼い子供みたい」 「ほう、その心は?」璃子が調子に乗って尋ねる。 「バイトでよく風船を子供たちに配ったりしているんだけど、中には、本当は欲しいのに恥ずかしかったり遠慮して、なかなか貰いに来ることができないっていう子供もいるの」  綾乃は、デパートの屋上でアルバイトをしている。小柄であるのをいかして、着ぐるみの中に入って仕事をするのだという。  綾乃と璃子のバイト先は珍しいので、周りの多くの人が知っていた。 「なるほど。確かにそんな感じだな、今の京子は」 「ちょっと、納得しないでよ~」  そんな話をしていると、いつの間にか三人とも食事を終えていたので、教室へと戻ることにした。  座っていた石から立ち上がった時に「でもさ」と璃子が言った。 「いつかは立ち直らなきゃいけないんだと思うよ?」彼女は私に心配そうな眼差しを投げかける。綾乃も同じ眼で私のことを見つめる。 「分かってる……。ありがとね、二人とも」  そう答えた直後、中庭に予鈴が響き渡った。 「やばっ、急ごう!」  三人で一斉に走り出す。  私は廊下を駆けながら、私が「海の底に沈んでしまった」理由に思いを巡らせていた。
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