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③
今から一年ほど前、私はある男性と交際をしていた。
彼の名前は成田といって、一つ上の先輩だった。
もっとも、彼はこの間めでたく卒業していってしまったのだが。
彼はなんとなく、掴みどころがなかった。
いつも俯きがちで、何を考えているのか分からない彼を、私はとても好きだった。
交際を申し込んだのは私からだった。高校二年生の五月のことだ。震える手で彼にメールを送ったのを今でも覚えている。
「僕でよければ、よろしくお願いします」というメールが返ってきたとき、涙が出るほど嬉しかった。
しかし今考えれば、あのメールが届いた瞬間が、私の幸せの絶頂であったように思う。それ以降は下り坂だった。
付き合い始めてすぐに、私は二年生に、彼は三年生になった。つまり彼は、受験生になったのだ。
「ごめん、少し忙しくて」彼はよくそう言って私に謝った。
部活も引退した彼は、徐々に勉強中心の生活になっていった。最初の頃はデートなどにも付き合ってくれていたが、段々と私の誘いに乗ってくれなくなっていき、しまいには送ったメールを無視される有様だった。
しかし、「受験が終わるまで待っていてくれ」という彼の言葉を信じ、私は耐え続けた。
嫌気が差す、なんてことはまるでなかった。
むしろ、なかなか会ったり話したりできないことで、私の中の彼への想いは日に日に増幅し続け、自分でも飲み込めないほどの大きさに育っていった。
別れを告げられたのは三か月ほど前、二月十四日のことだ。
その日は、バレンタインのチョコレートを彼に渡すつもりだった。
私は、受験を間近に控えていた彼を呼び出した。
「これ……」
そう言って差し出したチョコレートを、彼は受け取ろうとはしなかった。
「別れてほしいんだ」彼ははっきりとそう言った。
頭が真っ白になった。
正直、そう言われることを、予想していなかった訳ではなかった。
連絡を取ること自体も久しぶりで、恋人らしいことを全くと言っていいほどに、してこなかったから。
だから、「もしも別れようと言われたら、しつこく理由を問いただそう」「絶対に別れたくないと伝えよう」そう思っていた。
しかし、その瞬間に私が彼に返したのは、「分かりました」という了承の言葉だった。
「本当にごめん……」
「いえ、いいんです!」鼻の奥がつん、と痛んだ。手の中のチョコレートを握りつぶした。
私はあまりにも愚かで、弱くて、臆病だった。
彼が私のもとから離れていこうとしている。それにも関わらず、まだ私は、「わがままを言って彼に嫌われたくない」という思いに強く縛られていたのだ。
その後、私は疑い始めた。
「彼は本当に私のことを好きだったのだろうか?」
「次に誰かと恋をしても、また急に手放されるのではないか?」
考えると、きりがなかった。
私はこのまま一生この恋を、こんな感情を、引きずり続けるのだろう。
被害者ぶって、悲劇のヒロインでいたいだけなんだ、と自分で理解していても、泥のようにまとわりついた思いを拭いきれなかった。
そして私は、「恋」という光から逃れるように、海底へとその身を沈めた。
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