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 今から一年ほど前、私はある男性と交際をしていた。    彼の名前は成田といって、一つ上の先輩だった。    もっとも、彼はこの間めでたく卒業していってしまったのだが。  彼はなんとなく、掴みどころがなかった。  いつも俯きがちで、何を考えているのか分からない彼を、私はとても好きだった。  交際を申し込んだのは私からだった。高校二年生の五月のことだ。震える手で彼にメールを送ったのを今でも覚えている。 「僕でよければ、よろしくお願いします」というメールが返ってきたとき、涙が出るほど嬉しかった。  しかし今考えれば、あのメールが届いた瞬間が、私の幸せの絶頂であったように思う。それ以降は下り坂だった。    付き合い始めてすぐに、私は二年生に、彼は三年生になった。つまり彼は、受験生になったのだ。 「ごめん、少し忙しくて」彼はよくそう言って私に謝った。  部活も引退した彼は、徐々に勉強中心の生活になっていった。最初の頃はデートなどにも付き合ってくれていたが、段々と私の誘いに乗ってくれなくなっていき、しまいには送ったメールを無視される有様だった。  しかし、「受験が終わるまで待っていてくれ」という彼の言葉を信じ、私は耐え続けた。    嫌気が差す、なんてことはまるでなかった。  むしろ、なかなか会ったり話したりできないことで、私の中の彼への想いは日に日に増幅し続け、自分でも飲み込めないほどの大きさに育っていった。    別れを告げられたのは三か月ほど前、二月十四日のことだ。  その日は、バレンタインのチョコレートを彼に渡すつもりだった。    私は、受験を間近に控えていた彼を呼び出した。 「これ……」    そう言って差し出したチョコレートを、彼は受け取ろうとはしなかった。 「別れてほしいんだ」彼ははっきりとそう言った。      頭が真っ白になった。  正直、そう言われることを、予想していなかった訳ではなかった。    連絡を取ること自体も久しぶりで、恋人らしいことを全くと言っていいほどに、してこなかったから。  だから、「もしも別れようと言われたら、しつこく理由を問いただそう」「絶対に別れたくないと伝えよう」そう思っていた。  しかし、その瞬間に私が彼に返したのは、「分かりました」という了承の言葉だった。 「本当にごめん……」 「いえ、いいんです!」鼻の奥がつん、と痛んだ。手の中のチョコレートを握りつぶした。  私はあまりにも愚かで、弱くて、臆病だった。  彼が私のもとから離れていこうとしている。それにも関わらず、まだ私は、「わがままを言って彼に嫌われたくない」という思いに強く縛られていたのだ。  その後、私は疑い始めた。 「彼は本当に私のことを好きだったのだろうか?」 「次に誰かと恋をしても、また急に手放されるのではないか?」  考えると、きりがなかった。  私はこのまま一生この恋を、こんな感情を、引きずり続けるのだろう。    被害者ぶって、悲劇のヒロインでいたいだけなんだ、と自分で理解していても、泥のようにまとわりついた思いを拭いきれなかった。  そして私は、「恋」という光から逃れるように、海底へとその身を沈めた。
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