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「ど、どうして……?」
智樹との再会で気持ちだけは舞い上がってしまったが、ちょうどドアを開けた瞬間のことでもあったから、店の中からは侵入者を告げる警報が鳴り始めていた。
「え……あ……」
二つ同時にやりたいことができてしまった時の葵は、必要以上に動きがたどたどしくなってしまう。
店の中と智樹とに何度も目を走らせた結果、今はとにかく時間制限のある方を優先すべきだと気付き、葵は「ちょっと待ってね」と言ってから警備の解除操作を行った。
そしてけたたましい音が鳴りやんだところで、改めて店の前に戻ってきたのだ。
「うわぁ、久しぶりだね。二年ぶりくらい? まさかこんなところで智くんに会うとは思わなかったよ。どうしたの? どっか悪いの?」
葵は不安げな目をして尋ねた。てっきり智樹がこの総合病院を受診するために通りがかったと思ったのだ。
しかし、彼は笑って首を横に振った。スーツ姿だけに大人びた印象だが、歯を見せて笑うと出会った頃のようなあどけない表情が蘇る。
「違うよ。葵ちゃんと一緒に働きに来たんだ」
「え?」
「俺、今日からこの店に配属になったからさ」
「えええええ?!」
どうやら強盗を知らせるにはこれくらいの音量が必要だったらしい。店の前の掃き掃除をしていたお隣の薬剤師さんが不思議そうな顔をして、こちらを振り返っていた。
朝9時の始業時間近くになると、その他のスタッフも出勤してきた。
そこで薬局長は皆を集めて「今日からうちに配属になった新人の伊藤先生。みんなよろしく頼むよ」と智樹を正式にお披露目したのだが、これが初っ端から大変なことになった。
「いつものように本社は適当で、新人研修を10日間しかやってないから現場で一から教えるんだけど、本人からのリクエストで高梨先生から教わりたいって言われてるんだよ」
「へ?!」
薬局長の言葉に、何も聞いていなかった葵は飛び上がってしまうほど驚き、そしてたくさんの目玉から一斉に睨まれてしまった。
何しろ松葉丘店で働いているのは、ビールっ腹がトレードマークのおっさん薬局長以外、女性ばかりが12人。まぁ年齢層は様々なのだが、それでも智樹のようなイケメンが配属されて、みんな大はしゃぎだったのだ。
特にこの中で最年少の丸野先生なんかは最近彼氏と別れたばかりで、今度製薬会社のMRさんに頼んで合コンを開いてもらう、なんて言っていたくらいだったからすっかり舞い上がっていた。
それなのに、葵が一人でいいところを持っていくなんて……これは不満が噴出するに決まっている。
「あれ? ダメだったかなぁ?」
ビールっ腹をぼりぼりかきむしっている薬局長は、未だ自分が余計なことを言ったと気付いていない様子だ。しかし、ここは智樹自身がみんなに説明をしてくれた。
「実はうちの実家が薬局で、高梨先生には学生の頃からバイトに来てもらってたんですよ。だからまた会えたのが、とにかく嬉しくて」
イケメンはそれだけでお得だ。
彼の爽やかな笑みと甘えた物言いは、凍った大地を吹き抜ける春風のようなもの。
女性陣は一瞬で頬を緩め、まぁそういうことならねぇ、とこの前代未聞の逆指名を容認することになってしまった。
しかし、葵としてはこんな我儘、すんなり受け入れるわけにもいかない。
「智くん、困るよ」
皆への紹介が終わると、葵は智樹を調剤室裏の休憩室へと呼び出し、苦言を呈した。
病院の診察は9時から始まるので、薬局にすぐ患者が来るわけではない。少しの間だったら話をしていても大丈夫だ。
「何が困るって? 俺、葵ちゃんじゃなくて、みんなの前ではちゃんと高梨先生って呼んだじゃん」
二人きりになった途端、仔犬のように人懐っこい笑みを浮かべるものだから、葵も思わず丸め込まれそうになったが、違う違う。こういうことは最初にはっきりさせておかないと、智樹自身が苦労することになる。
「そこじゃなくて。あんなふうにみんなの前で知り合いアピールして話を通すと、公私混同って怒られちゃうでしょ、ってこと」
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