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迷子の迷宮
「迷子になる地下迷宮? そもそも迷宮は迷子になるじゃないの? その話は疑わしいな」
長い金髪を器用に編み込みながら、エルフのキアラは馬鹿にするように、鼻で嗤う。
女性でありながら話し方は男性的。
変わり者だと郷でも言われていたらしい。そんな彼女は好奇心で郷の外へ飛び出し、アーディのパーティにいてくれている。
「違う。『迷子の地下迷宮』だ」
アーディは噂の内容を正しく言い直す。
その話は、薬草を交換した薬屋で聞いた話だった。
「大した話でもないんだけど、地下迷宮自身に自我があって、迷子になっているらしい。最下層に宝があるらしいのだけど、そこに道がつなげないって、迷宮自身が嘆いているらしい」
キアラは食いつかない。
探索には準備金が必要になる。帰りには必ず損にならない物を持ち帰らなくては、生活が成り立たないから。
ハーフリングのフィリアは、不確かな情報に溜息をつく。
「罠とかじゃなかったら、俺は出番ないじゃん。俺は罠解除専門だからなぁ」
少女姿の聡明な僧侶ミュラは、何かを考え込んでいる。
「……宝って何かしら? 迷宮が嘆くくらいだから、相当なものなんじゃないかしら? 高く売れたら生活も潤うわね」
確かに宝と言っても、いろいろある。売れる物から売れない物。呪われるものまで。
「それって『迷子の迷宮』じゃなくて、『嘆きの迷宮』じゃなかったっけ?」
キアラはふと思い出したように話す。
確かに『嘆きの迷宮』だった。
でも今では嘆いている理由が、迷子だということが分かって、ほとんどの者が『迷子の迷宮』と呼び方を改めた。
そして、その嘆くほどの宝というのが、迷宮自体も忘れてしまっているらしい。
「なんか乗り気になれないな……」
キアラの言葉に、アーディ以外の皆が頷いた。
ここでめげていても始まらない。
無理矢理でもやる気が出るように、説得するのがリーダーであるアーディの役割だ。
このパーティのおかげで、アーディも口が上手くなったと思う。
そしてパーティの皆もなんだかんだ言っていても、アーディについて行く。
それぞれが様々な問題を抱え、協力していくのだから、それなりに信頼関係が築かれていた。
**
「で、ここがその『迷子の迷宮』なのか」
「……入り口は普通なのに、中で迷宮が迷子になっている……それって、私達も地上にも帰って来られないとかあるかしら?」
キアラとミュラが入り口の奥を覗いて、その闇の深さに感想を漏らす。
「実際にここから帰って来た者はいないらしい」
「アーディ、それは無理。入れないじゃんっ」
アーディが噂話であえて伏せていたことを、ここで説明する。
案の定フィリアが噛みついてきた。
「あーーいや、ちょっと情報を整理しようか。そもそも自我を持つ地下迷宮というのは、一体どんな状況でそうなるものなんだろうか?」
アーディは百六十歳越えのミュラ、にそう尋ねた。
経験が豊富なら、年長者に聞くのが一番良い。
ここにいるキアラは二百歳越えているが、興味のないものには全く覚えようとしないので、あまりあてにならない。
だから、一番堅実なミュラにアーディは話を振る。
「……そうねぇ。迷宮自体に何らかの魔法……あるいは呪いがかかっている可能性が出てくるわ。あるいは、迷宮自身に自我があるのではなくて、そこに精霊や目視しづらいモンスターが棲みついている可能性くらい……かしら?」
さすがはミュラ。
いろんな可能性を引き出してきた。
そしてキアラの耳が『呪い』という単語にピクリと動く。
もう一押しだ。
「だとしたら、妖精やモンスターとの、交渉が必要となると、キアラがいてくれたら助かるな」
アーディは考える。
「なあキアラ。地下迷宮自体に呪いがかかっていた場合は、どういった対処が出来る?」
「そうだなーー解呪する方向が良いとは思うけれど、大規模だよ。結構きっついぞ、それ」
「だよな」
「罠とかなら、俺がなんとか出来るけど。精霊とかモンスターとか呪いとなると手が出せない」
フィリアは空を仰ぐ。
「では、もう一つの可能性を考えてみよう。迷宮自身がやはり自我があって、本当に迷子になっていたとしたら?」
そんなことはないとアーディも思っているけど、もう一つの可能性として話をする。
探索というのは、噂話などを頼りにしていたりするから、無駄な遠出になることもある。
しかしながら、安定した職業を持てない身分としては、そんな噂話で動かなければ収入を得られない。
現実は厳しい。
「……中の迷子を目的地に案内すれば、解決するとか?」
ありえないと思いながらも考えてくれるミュラは、情報に強い。
「かもしれない」
とりあえず、入り口でこうしてして時間がもったいない。
前回の探索の聖剣は売れなくて、現在の資金は潤沢ではない。今度こそ高値で売れる物が欲しい。
それに……昨日もアーディは就活に失敗した。
鍬を持参して「畑仕事なら、腕に自信がある」と自己アピールしたが、手伝うだけ手伝って「さすがは元勇者様。鍬を持っているには惜しい腕でございます」と言われて、追い返された。
そのうち、個人資金で畑を買おうかと思っているのだけど、それもなかなか上手くいかない。
「さて、思いつくものから試していこうか。被害がないものからと考えるとーー『迷宮自身に自我がある場合』からか」
アーディは洞窟の入り口に立って、声を大にして中に話し掛けた。
「迷宮殿、お前は本当に迷子になっているのか?」
しばらく応答がなかった。
後ろでフィリアが腹を抱えて、笑っている。
「笑わせないで。大きい独り言って恥ずかしいな」
恥ずかしいのは承知している。
アーディなりに命をかけた探索は、いつでも本気だ。
「待って何か聞こえた」
ミュラの言葉でフィリアが黙る。
『ーーーー』
アーディには聞き取れない。
(これは精霊の声か?)
そう思ってキアラを見るが、彼女も聞こえないらしい。
と言うことは精霊の線は消える。
モンスターも同様に消える。
モンスターならまず襲いかかってくるし、そうじゃないときは通行料を欲しがるからだ。
自我があるか、呪いか。それが悩むところだ。
「……ねえアーディ。迷宮全体が答えるなら、大声じゃなくていいのでは?」
「じゃあ、普通に話し掛けるか?」
アーディとミュラの会話を、キアラとフィリアはじっと見ている。
「迷宮、お前が迷子なのは本当か?」
『ーーはい。迷子です』
案外普通に話せた。
その事にアーディは心底驚く。
『この迷宮のせいで、迷子になっています。どこに何があるか全く分らない』
迷宮は幼い声で、答え泣き出した。
どう想像したらいいのか理解に苦しむ。
人で言えば、体内の内蔵がどこにあるか分らないとか、心臓が行方不明とかそんな感じだろうか?
「アーディ……声に出てるわよ。人の身体と比べること自体、おかしいと気づいて欲しいわぁ」
ミュラは溜息をつく。
「……もう一つ可能性が出てきたわ。『迷宮が迷子』になることはない。迷宮は常にそこにあるのだから。だとしたら、術が使われている可能性もあるかも……ね」
確かに迷宮が迷子になっていたら、入り口も迷子になって移動しているだろう。
「あぁ、そうか。誰かが中に封じられている可能性があるのか。で、術によって迷宮と同化している、とか?」
キアラがようやく、分ってきたと身を乗り出して話し出す。
「えぇ。その可能性が、大きいわ」
「つまり、その子の居場所を突き止めて、術を解いて、宝を回収するって事か?」
フィリアは難しそうに眉をひそめる。手間が多いとぼやくのが聞こえた。
確かに迷宮の奥深くに術が使われているのなら、罠もかなり仕掛けられている可能性もある。
「もっと簡単に考えれば良いんじゃないか?」
アーディは案を提示する。
「迷宮の壁をひたすら、ぶち抜く。洞窟じゃないから、場所さえ間違えなければ崩落しない」
「元勇者アーディは、就活に失敗した腹いせに、ぶち抜きたいだけだろう」
キアラは意地悪そうに笑う。
ミュラはアーディの提案に乗る。
「アーディの言う通り、そうでもしないと……今度は私たちが中で迷子よねぇ……?」
その言葉で話は決まる。
「よし役割を決めよう。俺とフィリアがどの壁をぶち抜くか決める。キアラとミュラは、迷子の気配を探る。それでどうだ?」
アーディは荷物の中から、やたらと長い縄を取り出す。
「一応、命綱を。外の木にくくり付けて、中まで引き込もう」
「さすが元勇者。用意が良いことで」
フィリアは嫌そうにそう言う。
アーディとペアになって、迷宮を壊しに行くようなものだからだ。
「じゃ出発だ」
そう言うとアーディは、様子を見てから中に踏み込んだ。
「魔法や呪いの気配は?」
キアラもミュラも共に「ない」と即答。
なら、一気に下まで行くかとアーディは考える。
**
「いやでも、だからってひたすら真っ直ぐに壁をぶち抜くか?」
フィリアは呆れていた。
「でも、もう最下層だ。ここだろう?」
ミュラを見ると彼女は頷く。
「……迷子はここの階層にいるわ。そして目の前のこの部屋全体に術が仕掛けてある。それで、迷子が迷宮と同化しているわ」
中にいるのは、人ではないだろう。
この地下迷宮の話は結構昔からある噂話だからだ。
モンスターか精霊か……。
悩んでも仕方ないから、最後の壁をぶち抜いた。
「あ、ほんとに迷子いた」
キアラがそう呟いた。
「キアラ、あの幼女は何だ?」
「アーディちょっと待て、術を解かないと私にも分らない」
「……私がその術を解くわ。戦闘になっても大丈夫なように準備をして」
そう言うって事は、あの幼女が何者かまだ分らないと言うことだろう。
キアラが口の中でなにやら呟くと、術がサラサラと解けていく。
幼女の泣声も無駄に反響せずに、この部屋だけで聞こえるようになった。
「なんて事だ。アーディ、アレは人だ」
キアラは目を見開いて驚いている。
「術自体に、あの迷子の時間を止める術も、組み込まれていたのよ」
ミュラが術の説明をした。
今更、故郷に帰ったとしても、家族はもう……。
なんとも言えない感情が、アーディの中で溢れた。
「アーディ、しっかりしな。術を解いたら、ここに置いていけない」
フィリアがアーディにそう言う。
我に返ったアーディは幼女に近づいて、すぐそばへ膝をついた。
「君、帰るところ分る?」
「外に出られたら、分るわ。お兄さん、ありがとう」
見た目に合わない言い方をする。
「それはそうだろう。この子は時間を止められていたけれど、思考は働いていたんだ。精神的には成長している」
キアラはそう答えた。
アーディは迷子をじっとみる。どこかで見た気がしたからだ。
ミュラもそれに気づく。
「人捜しのリストの中に、この迷子がいたわねぇ」
「……そもそも君はどうして、ここに閉じ込められていたんだ?」
アーディは納得が出来なかった。こんな非人道的な扱いを、しかも幼い子に。
「双子で生れたから、良くないって。あと、あの宝を護るように言われてたの」
それだけの理由で、こんなに長い時を。そう思うと本当に嫌になる。それをやってのけた、ヤツも、両親も。
「アーディ。その両親はおそらく、もういないでしょう。でも迷子のお姉さんがその子を探していたわ」
それを聞くと幼女の迷子は、嬉しそうに「帰る」と言った。
**
無事に迷子を家に送り届けて、人捜しの報酬を貰う。
若いままの妹に、年老いた姉は驚いていたけれど、涙を流して喜んでいた。姉はずっと心を痛めていたのだろう。
迷子が護っていたと言う宝は、そんなに大した物でもなかった。
ただ、違法な術に使うものなども一緒に、入っていた。
「……違法な術は、許されないからね。証拠隠滅のつもりだったのでしょう」
一緒にあった宝飾は普通に売ってしまった。幼女の迷子がそれを望んだからだ。
『迷子の私を、家に帰してくれたお礼に』
そう最後に迷子は言った。
「あれ? そういえばキアラがいない」
「さっきの物の中に『呪いの指輪』があったってさ」
アーディの疑問にフィリアは、そんなキアラを見送ったと言う。
確実にキアラのコレクション行きだろう。
「……お腹空いたわ。今回は割とお金になって、良かった……」
「肉食べよう、肉」
「肉っ」
ミュラとフィリアは、食べ物で盛り上がっている。先に店に行って、先に食べようかと思う。
キアラは変わり者だけど、種族はエルフ。足が早いから、すぐ追いつくだろう。
「……そういえば、迷宮が迷子じゃなかったわねぇ」
「確かにな」
『迷子の(いる)迷宮』
それが正しい言い方だろう。
ともあれ、生きているうちに姉妹が出会えた事が嬉しかった。
妹の名はラベリント。姉はジュメリ。
長い時を経て、ようやくゆっくり過ごすことができるだろう。
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